『今ここにある危機とぼくの好感度』のこと

 

アフター6ジャンクション 2021年6月9日

 

今こそ、日本のテレビドラマの現在地を知ろう特集 by 西森路代

 

 

『今ここにある危機とぼくの好感度について』の部分のみ書き起こし

 

宇多丸:これ、みんな熱く話題にしてて、僕がスタジオに行っている時に、トイレから帰ってきたら、松坂桃李さんがいかにいい人であるかというのを、みんなものすごい話し合ってて(笑)。

日比:アトロク女子会が開かれてました。

宇多丸:俺もしょうがないから、「いい人だと思うよ」って帰ってきましたけど(笑)。

西森:私が観た感じだと、『タクシー運転手(~約束は海を越えて~)』(韓国映画ソン・ガンホ主演)とかを思い出すんですよ。なぜかというと、『タクシー運転手』のソン・ガンホさんも、最初は、身の回りのことと政治のことがつながらない人で、デモをしている学生たちを迷惑だなと思ったりしていたのが、巻き込まれて光州に向かったことで、これは自分の身の回りのことだけじゃないぞ、みたいな、気づくというキャラクターだったんですけれども、『ここぼく』の松坂桃李さんも、最初は全然だった人が目覚める話という感じですね。

宇多丸:気づきというか、そういうことを託しているキャラクターでもある。

 

(中略)

 

宇多丸:続きまして、注目すべき作品、ご紹介お願いします。

西森:ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度』についての脚本の渡辺あやさんです。

宇多丸:先ほどから何度か話題に出ておりますこの作品、まずは日比さんからご紹介をお願いします。

日比:NHK総合土曜ドラマ枠で4月末から5月末まで放送されていました。全5話です。主演は松坂桃李さん。

名門大学で次々と起こる不祥事に翻弄される大学の広報マンの姿を通じ、ブラックな笑いを交えながら、現代社会が抱える矛盾と、そこに生きる人々の悲哀に迫るブラックコメディとなっています。

宇多丸:ということで、渡辺あやさんも、先ほどもチラリと西森さんがおっしゃっていた『カーネーション』とか、あと、僕は『その街のこども 劇場版』でも思いましたけれども、すばらしい作品だったけど、今回のもやっぱりすごいと。

西森:はい。その前に『ワンダーウォール』という作品もあって、映画館でもかかったんですけど、大学の学生寮が取り壊しになってという話だったんです。その時に、学生たちが大学に何かを陳情というか、何かを言おうとしても、なかなかそれが届かない。何が阻んでいるのかわからないけれども、その声が届かないもどかしさ、みたいなことを書いていたんですね。それって、日本の政治とかに対して何か届かない感じ、みたいのと重なるようになっていたんです。

宇多丸:確かに。主権者なのに、我々はなんか、何言っても無駄感というのがあったりする。

西森:それが直接的に書かれたわけではないけれども、そう読み取れるような話になっていたんですけど、今回の『ここぼく』という作品も、大学の中で不正疑惑とかを告発するポスドクの女性(木嶋みのり役:鈴木杏)が出てきたり、次々に大学の中に明るみになることがたくさん出てくるんですけど、それに対して、さっきも言っていたような、自分の半径の幸せさえよければいいとか、危機がなければいいとか、好感度があれば危機を回避できるのではないかと思っていた松坂桃李さん演じる広報マンが、徐々に変わっていくんじゃないかと思うような話だったんですけど、これがなかなか変わらないのがおもしろいんですよ。

日比:へえ。

宇多丸:そう簡単には、都合よく成長したりはしない?

西森:そうなんです。わりと最終回手前ぐらいまで、やっぱり俺は好感度でいくぞとか、戻っていっちゃうんです。ポスドクの女性の姿勢を、自分のことではなく、日本の研究者がちゃんと基礎研究ができないと、日本の将来が危ういのではないかというモチベーションから、自分の危険を顧みず告発するような姿勢を見て、すごく感銘を受けるというか、影響を受けるんですけど、次の日にはまたもとに戻っているみたいな感じで、それがズコーッという感じでおもしろかったんですけど。

でも、結局、もちろん最終的には目覚める方向に行くんですけど。

ただ、今回のテーマが、もちろん、オリンピック問題とか、コロナ問題とかを重ねられるような設定にもなっていたりするのと、あとは、今、国が研究費を削っているという実際の問題がありまして、「選択と集中」というモットーのもとに、日本じゅうの基礎研究とか、そういうものに対する研究費を削っているという状態が問題になっていまして。

これは、去年のギャラクシー賞の大賞をとったドキュメンタリーで『金のない宇宙人』という番組があったんですけど、それは、国立の天文台が予算を削られていき、研究の楽しさを教える立場であった教授が、研究者がどんどん疲弊していき、リストラをする立場になり。最終的にはすごく追い詰められた状態になった後に、軍事研究にならお金を出すよという話を描いているドキュメンタリーが。

宇多丸:うわあ、恐ろしい。

日比:ドキュメンタリーですよね。

西森:はい。あるんです。

宇多丸:怖いけど、本当……。

西森:本当なんですね。これがそれをテーマにしているかどうかわからないんですが、結構それが重なるような話になっているんですね。

宇多丸:やっぱり現実にあったことを反映させている。

西森:はい。その研究者の疲弊していき、問題意識を持っている大学の総長の役が、ドラマの中では……

日比:松重豊さん。

西森:松重豊さんがやっているんですが、めちゃめちゃいいですね。泣いちゃいますね。

宇多丸:へえ、そうなんだ。

日比:今まさにリアルタイムのポスドク、つまり、ポストドクター、修士課程修了の研究者の皆さんにとってもリアルタイムな話題提起としても観られるわけですね。

西森:そうだと思いますね。すごくリアルだと。なので、これは、韓国映画を好きな人にこそ観てほしいです。

宇多丸:さっき、『タクシー運転手』と通じるような主人公の立場の変化というか、意識の変化とおっしゃっていました。

『今ここにある危機とぼくの好感度』について、こちらは、今から追いたい場合は、NHKオンデマンドと、U-NEXTでも初回から観られるという。

 

 

アトロク女子会の話も聴きたかったですね