爆笑問題の日曜サンデー 2019年4月28日
ここは赤坂応接間 ゲスト ケラリーノ・サンドロヴィッチ
田中裕二:TBSラジオ『爆笑問題の日曜サンデー-ここは赤坂応接間-』本日のお客様は、アーティストのケラリーノ・サンドロヴィッチさんでございます。
いやあ、ご無沙汰しております。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:どうもご無沙汰しています。
田中裕二:ケラさんと、僕は何年か前、5年ぐらい前かな、お芝居観に行って。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:小池栄子が出てたやつ観に来てくれた。
田中裕二:ちらっとお会いしたんですけども。
太田光:俺は何十年ぶりかもしれない。
田中裕二:それがたぶん20年ぶりとかだと思う。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうだね。一回、どこかのテレビ局で、エレベーター降りてくるところを会ったよね。
太田光:会いましたよね。そうそうそう。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ほとんどすれ違っただけで。
太田光:ケラさんは見た目がほら…
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:うるさいよ!(笑)
太田光:強いから。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:結構さ、あんた酷いこといっぱい言ってんだね。ちゃんと俺、大竹しのぶさんがゲストの時とかラジコで聴いたりしてた。
太田・田中・外山恵理:ハハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:酷いよ!
太田光:でも、目立つからさ。
田中裕二:とにかくケラさんは、僕らがちょうどデビューした頃に、今から31年ぐらい前?
太田光:ありがたかったね、あの時はね。拾ってもらってな。
田中裕二:その頃にはもう既に「有頂天」というバンドで売れてたりとか。
太田光:有頂天になってた頃です。
田中裕二:有頂天、まさにね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:(笑)
田中裕二:たまとかわかる?
外山恵理:わかりますよ。
田中裕二:イカ天とかでバンドブームになった。あの辺の人たちを束ねてたのはこの人なんです。
太田光:親玉だった。
外山恵理:へえ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:音楽とコントとか、コロッケさんとかと一緒になって、それを交互に見せてく、みたいなイベントをやって、後に太田君に「失敗、失敗」と言われた(笑)。
太田光:一回もウケたことないから(笑)。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:君らがかかわったのは2回ぐらいだけど、そういうのばっかりやってたわけじゃないんだよ。変わり者みたいに言われないでくれる?(笑)
太田光:たまたま俺たちがウケてなかったっていうだけね。
田中裕二:それ、今でも覚えてるんだけど、渋谷公会堂ですごいイベントですよ。当時、たまとか、ピーマーズとかね。
外山恵理:イカ天ブームの。
田中裕二:そうそうそう。バンドブームがあって。
田中裕二:いたかもしんないね。お笑いはそんな多くなかった。
太田光:俺らだけだったんじゃないかな。
田中裕二:だけだったかもしんない。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あんまり知り合いいなかったからね。
田中裕二:そこへ呼んでもらって、だから、お客さんもすごいわけよ。バンドブームだから。
外山恵理:みんなバンドのファンなんだ。
田中裕二:そう。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。だから、太田君が言うように、漫才を見せるような空気じゃないわけよ。
田中裕二:だって、それこそ幕間だから、俺ら漫才始めたらトイレに行く人もいっぱい。音楽のファンだから。
太田光:イヤな客ばっかりでさ。
田中裕二:しょうがないけど、それは。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ・太田光:ハハハハ
田中裕二:その楽屋に当時来てたのが、さくらももこさん。去年亡くなっちゃったけど。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:その後、仕事してたんじゃん。『ちびまるこちゃん』で。
太田光:そうなんです。あれ以来なんですよ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:俺が仕事見つけてやったようなもんだよ。
太田光:本当にそう。
それで、さくらももこ先生はケラさんの大ファンで、当時、ちょうど『ちびまるこちゃん』がテレビ放送始まってちょっとした頃だったの。それで、楽屋に来てたんですよね。ケラさんにいろいろゲラを見せたりなんかしてたの。『ちびまるこちゃん』の。これがこうでこうでなんて言ってて、「あれ、さくらももこらしいよ」って俺らね。
田中裕二:まだ、今出てきたばっかりの若い漫画家さんだから、よくわかんないわけ。そんなに有名じゃないから。
太田光:でも、『ちびまるこちゃん』が、言ってみりゃ、あの若さで『サザエさん』の並びでやってて、同い年だったから、すげぇなあと思いながら見てて、ヤな女だなと思ってたの。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハ
田中裕二:やっかみとしてね。
太田光:楽屋にまで来やがって、偉そうにしてんだろうな、どうせと思ってて、こっちでやっかみ半分、悪口言ってたの。そしたら、何年かして『ちびまるこちゃん』のエンディングテーマを爆チュー問題でって、さくらももこさんからお願いされたから。それで、あの頃のことなんて覚えてないだろうなと思ったら、実は話したら「覚えてますよ。爆笑問題がいるって話しかけたかったんだけど、緊張して話せなかったんです」って言われたの。それが嬉しかったね。いい人だあと思ったね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハ
田中裕二:単純だから。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ほんとだね(笑)。
太田光:さすがケラさんのファンだと思った。ハハハハ
田中裕二:その時は「劇団健康」も当然もうやってたでしょう。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:やってた。
田中裕二:その時から、結局、演劇とか音楽とか全部やってたんですよ。
太田光:マルチだったですよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:でも、演劇はお客さん入らなかったですよ。そんなには。だから、今と逆な感じ。今はCD売れないから。
太田光:バンドのほうがその頃はね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:五分五分でいきたいんだけど、なかなか難しいね。
太田光:やり過ぎじゃないですか、ちょっと。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうかな。でも、音楽は表方だけど、基本、あと、裏方じゃない。作・演出って。ちょっとストレス溜まるんだよね。たまに外出ないと。
太田光:ああ、そうか。
田中裕二:やっぱりなんか表現したい。自分で。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:うん。
太田光:でも、岸田賞とって。言ってみれば、演劇界ではもう頂点ですよね。
田中裕二:今はもうほんと中心にいる人ですから。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いつの間にかね。当時は、松尾スズキさんと僕同い年なんだけど、2人とも演劇の隅っこで。
田中裕二:「(夢の)遊眠社」とかね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。鴻上(尚史)さんと。鴻上さんも来たんだよね。
太田光:来ました。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:鴻上さんとかに陰から、言ってみれば、吹き矢吹いて逃げる、みたいな。そういうポジションだったの、僕とか松尾さんは。
太田光:ハハハハ
田中裕二:まあまあ、若かったしね。世代的にもちょっと下になるわけだから。僕らも世代はかなり近いんで。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:2歳か3歳違うんだけど、太田君とか、最近、君付けとかさん付けとかにうるさいらしいじゃない。
田中裕二:こっちはうるさくない。でんじろうにうるさく言われたの。
太田光:俺はどうでもいいんだけど。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だって、「さん」とか付けたってた、例えば「太田さんさあ~」って言われるのと、「太田君さ」って言われるの、ねえ。
田中裕二:そういうことじゃないからね。
でも、ほんとにその頃のケラさんと僕らは一緒にやってたでしょ。今、そうやって紫綬褒章?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だね。
太田光:信じられないよ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:俺も信じられなかったんだよ。
田中裕二:そういうタイプとの人じゃないのよ。仕事内容もそうだし。
太田光:人間のクズみたいな。
田中裕二:そこまでは言ってないよ!
太田光・ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:何も知らないじゃないかよ!(笑)
田中裕二:ただ、俺、いまだに覚えてるのは、爆笑問題がまだ若手の頃に、たけしさんが『オールナイトニッポン』をニッポン放送でやってて、それを突然あの人はたまに「今日休む」って言い出す時があるわけですね。
太田光:お化けが出るつって。
田中裕二:その時に、ちょうど別の時間帯で僕ら若手だけど、一応ニッポン放送でラジオ番組持ってたから。
太田光:夕方ね。
田中裕二:今日の夜、ビートたけしのオールナイトニッポン、たけしさん来ないから、代わりに爆笑問題でやってもらうから。当日電話がかかってきたわけ。ウワッ!となる。でも、憧れの場所です。一番凄い。まあ、それで我々、やることになって、で、太田さんが一発目で「ビートたけしは死にました。だから今日は代わりに俺らがやります」。
太田光:今で言う大炎上。
田中裕二:そうですよ。「浅草キッドざまあみろ」つって、それで大騒ぎになるんだけども、その時、実はケラさんは、電話で出演してるの。覚えます?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:覚えてない。
太田光:そうだっけ?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:何でだろう。
田中裕二:覚えてないでしょ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:うん。
田中裕二:それ、俺ははっきり覚えてます。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:え、なんで俺電話で出演してるの?
田中裕二:その時電話で。
太田光:かけてきてくれたんだ!
田中裕二:かけてきてくれたの。だから、その時っていうのは、太田が、「おい!水道橋、てめぇ、もし悔しかったら来いよ!」とかいろいろワーッて「来たい奴は来い!電話かけてきていいぞ」みたいに言ったら、ケラさん、電話かけてきたの。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハハ
田中裕二:生放送中に。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:暇だったんだ、俺(笑)。
太田光:暇だったんだよ(笑)。
田中裕二:その時に、放送では言っちゃいけないことをぶっこんだの、この人。
太田光:ケラさんが?
田中裕二:そう。
太田光:あ、そう。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:え、そうなの? ゴメン。
田中裕二:ある特定の宗教団体の名前を出して、茶化すようなことを言ったんですよ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ダメだよ、それ。
太田光:ハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ゴメン、ゴメン。
田中裕二:その後、俺は、その謝罪をしたのも覚えてます。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ゴメン。じゃ、借りがあるじゃん。なんか奢る。ゴメンね。
太田光:無茶苦茶だったね。
田中裕二:深夜とか、アングラのノリで、俺らもそうだし、ケラさんとかも。
太田光:楽しかったね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:わかんなかったんだよね。夜中だし。ましてや電話だし。
田中裕二:何でもいいと思って。
太田光:やっちゃえ、やっちゃえってね。
田中裕二:若気の至りでそういうことを言ってね。
田中裕二:そうそう! だから、電気グルーヴなんかも、今まさに卓球さんがああやって言われるけども、彼らも昔から。
太田光:ああいうの当たり前だったね。
田中裕二:あれが当たり前になってたんです。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:卓球、この間会ったら、これ出るってこと言ったら、FAXを送ってくれるって言ってた(笑)。
太田光:本当?
田中裕二:送ってよ!FAX。ねえ。
外山恵理:ねえ。
田中裕二:では、ここでケラリーノ・サンドロヴィッチさんのプロフィールをご紹介します。
太田光:いつからサンドロヴィッチになったの(笑)。
外山恵理:本日のお客様、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんは、1963年(昭和38年)1月3日、東京都でお生まれになりました。横浜放送映画専門学院を卒業後、学生時代からの愛称ケラの名前で、ニューウェーブバンド「有頂天」を結成。自主レーベル、ナゴムレコードを立ち上げ、数多くのバンドをプロデュースしました。(太田光:一時代を作りましたよね)
1985年には「劇団健康」を旗揚げし、演劇活動を開始。92年に解散すると、翌年「劇団ナイロン100℃」を結成。去年、25周年を迎えた劇団のほぼ全公演の作・演出を担当するほか、「KERA・MAP」などの演劇ユニットも主宰。これまでに岸田國士戯曲賞をはじめ、菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞最優秀作品賞など、数多くの賞を受賞。去年秋には紫綬褒章も受賞されました。
また、演劇と並行して音楽活動にも力を入れていらっしゃって、再結成した「有頂天」、鈴木慶一さんとのユニット「No Lie-Sense(ノーライセンス)」、バンド「ケラ&シンセサイザーズ」など、さまざまなユニットやソロでも、ライブを行ったり、新譜をリリース。来月にはおよそ3年半ぶりとなるソロアルバム『LANDSCAPE』もリリース。
ケラリーノ・サンドロヴッチさん、本日のお客様です。
田中裕二:ゲストの一番好きな曲、思い出の一曲を伺いまして、その曲をBGMにプロフィールを紹介していますが、これは1979年、P-MODELの『美術館で会った人だろ』という曲なんですけれども。
外山恵理:1979年?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:テクノポップブームというのがあったの。YMOがバーッといって、その後、もうちょっと…。YMOはお金持ちじゃない?
田中裕二:(笑)
太田光:世界的だしね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:もうちょっとお金のない人つっちゃアレだけど、もっと一般の人ができるようなバンドがテクノをやり始めた。
田中裕二:だから、プラスチックスとか、ヒカシューとか、あの世代です。P-MODELもそうなんですけど、ちょうど70年代後半。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。あの人たちがいなかったら、たぶん音楽を始めてなかったと思う。
太田光:あ、そうなんですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ロックとか嫌いだったから。なんか暑苦しいなと思って。
外山恵理:今聴いても全然。
田中裕二:そうでしょ? 新しいでしょ?
外山恵理:そう。79年て、だからびっくりしちゃった、今。
太田光:変わってるしね。
田中裕二:テクノの本当の走り。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。
太田光:ケラさんも最初はテクノなんですか?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:最初はそうですね。でも、テクノ、ニューウェーブ、パンクって、わりと一緒くたにされてというか、交わるところが多かった。
田中裕二:そうだ、うちの兄貴とかもその辺が大好きだから、うちにもこのP-MODELとかBUCK-TICKとか、レコードいっぱいあって、ヒカシューのメンバーの人たち、家に来てた時あった。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ほんと?
田中裕二:山下さん。うちの兄貴と仲良し。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:今度紹介して(笑)。
太田光:兄貴は服のデザイナーで、コムデギャルソンのデザイナーやってたから、その辺はみんなあれなんだよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうかそうか。
田中裕二:それで、それをちょっとアイドルにしたのがジューシィ・フルーツ。
太田光:ああ!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:近田春夫さんがプロデュースしてね。
田中裕二:それはアイドル的に。
太田光:近田さんのやってることに、わりとケラさんて結構インスパイアされてるっていう感じですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:まあ、そうですね。ところもあるかもしれない。でも、あそこまで業界バリバリみたいなのはちょっと難しいけど。
太田光:でも、いろんな興味がすごいですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。もともと子どもの頃に、僕は喘息で5歳まで、ほぼ外で遊んだりできなかったんだけど。
太田光:苦しそうでしたもんね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。
田中裕二:知らねぇーだろ!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:「そう」って言っちゃったよ、俺(笑)。で、うちの親父がジャズやってて、その影響で、今、ジャズをやってるんだけど。
田中裕二:この間、アルバム聴かせてもらったんですけど、あれ、子どもの頃のケラさんの写真なの? レコードジャケット。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうなの、そうなの。
田中裕二:かわいいんだけど。
太田光:カッコいいですよね。
田中裕二:曲が全部ジャズなんですよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:思わなかったでしょ? 「有頂天」があんなことやってるって。
田中裕二:俺は「有頂天」とかのイメージがあるから、そういう感じなのかなと思ったら、全部ジャズでびっくりしたんだけど。それが元にあるの?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あるんですよ。親父がジャズやってて、当時のジャズマンて、わりと周りに喜劇人とかいっぱいいて。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうそうそう。家の親父の麻雀仲間が由利徹さんとか。
田中裕二:えーっ!?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:森川信さんとか。
田中裕二:えーっ!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だから、赤ん坊の頃、森川信さんて、『男はつらいよ』の初代おいちゃん役ですよ。そういう人たちに囲まれて育ったんです。
太田光:すごい環境。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:それがなんとなく。まあ、赤ん坊だからね、森川信さんと話して、「この笑いはどうなんだろう」なんて言わないけど、でも、たぶん潜在意識の中にあると思う。原体験で。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうなんです。面白いおじちゃんとしてね。
太田光:なるほど。じゃ、音楽と笑いというのは別に自然に一緒に同居してたんですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうなの。
太田光:確かにクレイジー(キャッツ)なんかもそういうのがうまく同居してるからね。それが一旦、演芸と、ドリフ(ターズ)以降というのは分かれちゃったから。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:うんうん。クレイジーキャッツなんか音楽的にも素晴らしいもんね。
太田光:そうです。みんなバンドマンですしね。業界用語なんていうのはバンド用語だもんね、みんなね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうそうそう。
外山恵理:じゃ、音楽から始められて、爆笑問題のお2人とライブっていう話ありましたけど、そういうのも考えたわけじゃないですか、ケラさんが。だから、作・演出に流れていくのは自然な流れだったということなんですか。
太田光:自然だったんだね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。最初は映画学校を出てるから映画をやりたかったんですよ。
太田光:これ、ウッチャンナンチャンと同じ時期ですか?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ウッチャンナンチャンの1期上。僕が在校中に彼らはウッチャンナンチャンの名前で発表会をやってた。内海桂子・よし江師匠の仕事で。
田中裕二:もう『お笑いスタ―誕生』に出てるもん。
太田光:出川(哲朗)さんと。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。出川君と入江雅人と。僕らの下にバカリズムがいるんだよね。
田中裕二:もっと下ですね。
太田光:そうか。当時から知り合いだったんですか?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いや、当時は。でも、僕、発表会を観てますよ、ウッチャンナンチャンの。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だから、彼らは今でも会うと「先輩、先輩」って、ちょっと悪意を込めて言ってくるんだけど(笑)。
太田光:俺も願書、あそこへ行こうと思ってたから。今村昌平さんのところですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうそうそう。ちょっとコマーシャルが格好よかったのよ。小沢昭一さんが「大学落ちたら横浜放送映画専門学院へ」って格好いいなと思って(笑)。
太田光:ハハハハ
田中裕二:そうなんだ。
太田光:俺も行こうと思ってたけど、日芸に裏口で入ったもんだから。
田中裕二:裏口じゃねぇーだろ!
太田光:係争中だよ!
田中裕二:お前が言い出したんだろ!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ・外山恵理:ハハハハ
太田光:田んぼの授業があるんですよね、あそこね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうそう! 農村実習というのに行かされるんですよ。理不尽なね。
太田光:ハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:向こうの農家の人たちは、僕らがタダで働いてくれるから、とてもありがたいわけですよ。僕らは、映画を作るには田植えが必要だとか、わけのわからない理由を言われて。
太田光:なんで田植え(笑)。
田中裕二:何なんだろう、それ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:人生修業。
外山恵理:そういうのが必ずあったんですか?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あるの。行かされるの。
太田光:じゃ、もともと映画。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:映画をやりたかったんだけど、当時、82年ぐらいの日本の映画界って、わりと悲惨だったんだよね。
太田光:悲惨でしたねぇ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:今みたいに日本映画のほうが洋画よりもお客来るなんてことはなかったし、デートで日本映画に行かないの、みんな。
太田光:ちょうどスピルバーグ、ジョージ・ルーカス、フランシス・コッポラがバーッときてて。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:『ET』の頃だね。なんか夢がなかったんだよね、映画界に。
太田光:なかった。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:2本立てで、やりたくもない映画を。4番目の助監督から始めて、だんだんフォース、サード、セカンド、チーフ、上がって、やっと監督になれたと思ったら、好きな映画撮れない。で、当たらなかったら2本目ない、みたいな。で、イヤになっちゃった。その頃やり始めていたバンドのほうが面白くなっちゃったんですね。
田中裕二:それが「有頂天」ですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。
田中裕二:芝居は? 「健康」って何年にできたんですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:「有頂天」がメジャーデビューしたのが86年で、その前の年、85年。ちょうど当時、ラジカル・ガジベリビンバ・システム。
太田光:はいはい。
田中裕二:大好きでしたよ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:シティボーイズといとうせいこう、竹中直人、中村ゆうじ、宮沢章夫さんという人がやってて、それがカッコよくてね。
太田光:カッコよかったですねぇ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:モンティ・パイソンをライブでやってるみたいな感じ。
太田光:おしゃれでねぇ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:それをやりたかった。
田中裕二:わかるわ!
太田光:そうなんだ!
田中裕二:俺らもそういうところあったからね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:それやりたくて、やろうとするんだけど、どうしてもワハハ本舗になっちゃうわけ。
太田光:ハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:しかも下手なワハハ本舗になっちゃうんですよ。
太田光:田口さんとかいましたっけ?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:田口トモロヲ。
田中裕二:「健康」。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いた。1人だけ大人がね。トモロヲさんは僕よりも6つ上かな、7つ上かな。あの人だけ演劇を。アングラ出身なんで、あの人にいろいろ教わったんです。
太田光:あ、そうなんだ。「ばちかぶり」もやってましたもんね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:やってました、もう。ナゴムレコードから「ばちかぶり」をリリースして。
太田光:そうか、そうか、そういうことか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だから、ミュージシャンがいっぱい出てたんですよ。だから、卓球や畳や大槻ケ…あ、畳って言わないな、ピエール・瀧や。
田中裕二:ハハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:当時、畳っていう名前だったの。あと、JAGATARAっていうバンドの人とかね。
太田光:ああ、懐かしいねぇ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:出てましたね、演劇に。
太田光:「健康」は、何回か行ってますね。当時の。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ほんと? いやあ、まあ、この頃はちょっと、あんまり思い出してほしくない。
太田光:ハハハハ
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:お互いそうでしょ? あの頃の。
田中裕二:まあまあまあまあね。
太田光:確かにね。
田中裕二:デメタンて「健康」?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうそうそうそう。
太田光:デメタン、いたね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:よく覚えてるね。
田中裕二:今思い出した。パッと出てきた。デメタン、一緒に飲んだことありますよ。
太田光:へえ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:聴いてる人わかるかな。
田中裕二:わかんないかもしんないけどもね。
外山恵理:なんかつながりがすごそう。
太田光:あります、そういう意味ではね。
田中裕二:そう! それで、結局、ケラさんが、結構俺らのことをいろいろしてくださって、ここに今、懐かしいCDジャケットなんですけど。
太田光:これは懐かしいなあ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:これ、何年だろうね。
田中裕二:『ヤマアラシとその他の変種』っていうのがあるんですけど、これが、たぶん30年前ぐらいだよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:バブルの頃だよね。
田中裕二:バブルの頃。
太田光:バブルの頃でしたね。バブルの最後のほうですよね。
田中裕二:そうですよね。
太田光:だから、『スネークマン・ショー』が我々、学生時代聴いてて、ああいうのカッコいいなと思ってて、音で聴かせる面白さ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。
田中裕二:音楽とコントみたいな。で、出演者、書いてあるんですけど、大人計画、健康、斎木しげる、これ、シティボーイズの斎木さん。で、Z-BEAM(ズ・ビーム)という、当時、我々と同期のコントをやっている。
太田光:これは結構おしゃれなコントをやってた。
田中裕二:で、爆笑問題。ビシバシステム、キッチュさん、松尾貴史。
太田光:松尾さんも参加してたんだ。
太田光:豪華なメンバー。
太田光:えーっ!?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いたいた。
田中裕二:全然知らなかった。今見てびっくりした。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:歌ってた。
田中裕二:ケラさんとか、とにかくそうそうたるメンバー。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:高橋幸宏さんとか。
田中裕二:高橋幸宏さんも鈴木慶一さんもいるし。西村知美ちゃんもいたんだ。
太田光:ぜいたくだねぇ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ワンクール分みたいな。
田中裕二:ワンクール分みたいな。全部これでできちゃう、みたいな。
外山恵理:聴いてみたい。
田中裕二:俺らも30年ぶりです、聴くの。
『ヤマアラシとその他の変種』♪
(太田光:漫才をやってる)
田中裕二:いやあ。
外山恵理:お2人声がちょっと高いですね。
太田光:違うね。高いね。
田中裕二:若い。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あの頃ね、ほかのZ-BEAMとかビシバもそうだけど、僕が爆笑問題と一緒にやりたいなと思ったのは、引き芸みたいなところがあったんだよね。
太田光:ありました、ありました。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:今、結構ぼそぼそ喋ってるでしょ?
太田光:そうでしたね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:今と全然、太田君とか愉快な顔とかあんまりしなかった頃。
太田光:愉快な顔(笑)。
田中裕二:全然違うんだ、キャラが今とね。
太田光:そうそう。壁作ってましたからね、あの頃ね。
田中裕二:この時はね、まだ仕事がなくなる前でね、わりといい頃だったんだよね。
太田光:「俺たちの笑いわかるか?」的な態度で臨んでたよね。
田中裕二:ちょっととんがってる頃でしたね。この後、本当にまるまる仕事がなくなってね。
太田光:「女子どもには聞かすネタじゃねぇんだよ」ってさんざん言って。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハ
太田光:本当に女子どもが来なくなっちゃって、「戻ってきてくれ」つって。
外山恵理:もともとケラさんは爆笑問題のお2人を知ってて出会うみたいな?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:もちろん。でも、それはテレビとかで知ってた。ネタを見て。
外山恵理:どういうつながりだったんですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いや、つながりとか。
太田光:声かけてもらって。俺らなんか仕事なんにもゼロの頃ですから。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そんなに売れてないから声かけやすかったっていうのもある。今みたいな爆笑問題、面白いなと思ったって、声かけようと思わないもん。
太田光:そんなことはない。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:忙しいだろうと思って。
太田光:むしろケラさんでしょう、それは。ケラさんにもう話しかけられないもん、俺ら。
田中裕二:それはない! そんなことはないですけども。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:君は人がいる時といない時と全然違うな(笑)。
外山恵理:こういうふうに組み合わせて、こういうことをやろうっていうふうに思ってやったわけですもんね、これも。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。
外山恵理:この人とこの人とって集めてでしょう?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。楽しかったですよ、でも。
外山恵理:凄いですねぇ、ケラさん。
太田光:今までにない感じの新しい感じはありましたよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:録音の間にも雑談、お互いそんなに忙しくないからさ、「将来どうすんの?」みたいな話(笑)。「チャップリンみたいな映画を撮りたい」みたいな話をしてたね。
田中裕二:ああ、言ってたね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:覚えがある。
太田光:そうでしたね。
太田光:映画の夢っていうのはまだ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:映画ね、今までに4本、ポツポツと撮ってきてるんだけど、太田君も撮ってるよね?
太田光:撮ったっていううちに入らない。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:俺、最近、吾郎君と舞台をやってて。
外山恵理:『LIFE LIFE LIFE(~人生の3つのヴァージョン~)』ね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:観に来てくださってありがとうございました。
外山恵理:面白かった。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:それで太田君、爆笑問題の話になって、「映画撮ってもらいましたよ」って言ってた。
太田光:そうなんですよ。あの中の『クソ野郎と美しき世界』というオムニバスで4話あるんですけど、そのうちの1コを僕がやったんです。
田中裕二:草彅君が主演のやつ。
太田光:ぜひ観てください。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:はいはいはい。どうやれば観れるの? 今やってんの?
田中裕二:もうやってないですけどね。
太田光:ネット配信とかで観れると思うんだけど。Amazonプライムで。ほかのは全部つまんないから。
田中裕二:いいから!そんなこと言うんじゃねぇーよ! 園子温さんとか、ほかもやっているんですけども。
田中裕二:いいから!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:ハハハハ
外山恵理:今の聴いたりとかして、この前の『LIFE LIFE LIFE』も、すっごく面白いわけ。笑っちゃうの。笑っちゃうんだけど、余韻を残しながら帰ると、なんかね、なんて言うんだろう。面白いだけじゃないんです。
太田光:だけじゃないね。
外山恵理:そうなの、なんか。
田中裕二:なんか考えさせられるような。
外山恵理:うん!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あれは、ヤスミナ・レザというフランスの作家の本なんですよ。今度ぜひ、次回は自分の、自分のったって、これ、ウディ・アレンのキネマ、『カイロの紫のバラ』という映画を翻案したものなんですけど、ぜひ観に来てください。
外山恵理:観たい。
太田光:それは演劇ですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。後で宣伝します。演劇。
外山恵理:世田谷パブリックシアターですよね。音楽もケラさんが、もちろんこれにしよう、フランス語のアンドゥトロワっていうやつ。あれもおしゃれな感じなんですよ。
太田光:うんうん。確かにセンスがいいっていう感じがありましたよね。ケラさんてね。それは何ですか? 子どもの頃からそういう環境もあったし、そういうものを観てたんですか。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。演劇って、どっか恥ずかしいというか、お客に正面切って台詞言ったり、もうわかってるよっていうところまで言って笑わせたりするじゃない。なんかちょっと、バカにしてるのかという気持ちになってたの。子ども心に。そこまでやんなくても、とか、例えば、ギャグによっては、突っ込まなくてもわかるものもあるじゃない。それをわざわざ。
田中裕二:無粋だよっていうね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:無粋だよっていうのがあって、それでラジカルとか、モンティ・パイソンとかを観て、こういうのをやりたいな、みたいなのはずっとあって、それで鍛えられたんじゃないですかね。
田中裕二:だから、わりと同じ、近い感じだよね、そう考えるとね。
太田光:近いけど、当時の観てる数がたぶん違うと思う。
田中裕二:まあまあ、それはそうだよね。
太田光:そういうのっていうのは自分で探して、劇団とかも。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。東京にずっといたから、東京生まれだからっていうのもあると思うんですけど、観に行きたかったら、日劇とかも小学生の頃から『雲の上団五郎一座』とか観に行ってた。
太田光:うわあ、それは凄いよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:だったら、そんなに笑いが好きならば、お笑いの道にと思うじゃないですか。でもね、お笑いの道の厳しさは目の当たりにしているわけですよ。一筋縄ではいかないぞと。これはしんどそうだと。
太田光:敷居が高くなっちゃった、逆に。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:それで人生壊しちゃってる人いっぱい見てたから。
太田光:そうか、そうだよなあ。
(CM)
太田光:最初に感動した映画って何ですか?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:最初は何だろう…。でも、子どもの頃観た、アニメの、東映のね。
太田光:まんがまつり?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:まんがまつりで。
太田光:僕、今度まんがまつりに出るんです。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:まんがまつりに出るの?
田中裕二:『おしりたんてい』。声優でね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あ、そうなんだ。
太田光:昨日公開で。
田中裕二:復活したんです。
太田光:夢のようですよ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:やっぱ好きだったの?
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう!『長靴をはいた猫』を今言おうと思ったのに、なんで言うの、今。その1本をまさに挙げようとしてたの。
太田光:あれ、よかったですよね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:「だにゃー」っていうやつね。びっくりしったっにゃ♪
太田光:そうそうそう。一昨日、舞台挨拶で『長靴をはいた猫』の着ぐるみと一緒に共演して。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:あ、ほんと。あれ、小林信彦さんが脚本協力してるんだよね。
太田光:そうなんですか?!
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。あのアニメ。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そう。当時、いろんなことやってたじゃん、あの人。
太田光:そうなんだ。
田中裕二:あれ、矢吹の親父だっけ?
太田光:矢吹の親父。監督は矢吹さんという。
田中裕二:俺らの大学の友達のお父さんだったの。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:いろんな縁があるね。
外山恵理:お話の途中ですが、ケラさん、3年半ぶりにリリースするアルバム『LANDSCAPE』から『キネマ・ブラボー』♪
太田光:ああ、カッコいいねぇ。
田中裕二:いいですよね。
太田光:昔のなんかね。
田中裕二:昭和のジャズって感じがする。
外山恵理:昔のケラさんの曲は新しくて、今のはなんか懐かしい感じで面白い。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:サイレント映画のキートンやチャップリンの後ろに流れてそうな。
太田光:ああ、そういう感じですね。
田中裕二:まさにそういう感じがします。
(中略)
太田光:ウディ・アレンの映画のバックもよくこういう音楽だったね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:そうですね。かなり影響を受けてる。大好きだから。
田中裕二:まさにウディ・アレンの映画と言えば、さっき言った『カイロの紫のバラ』を翻案して舞台にしたのが?
外山恵理:『キネマと恋人』。6月8日土曜日から世田谷パブリックシアターで再演なんですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:2年前にやったの。3年前か。
外山恵理:2016年度の各演劇賞を受賞した舞台。ケラさん、台本も演出もということですね。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:これは絶対面白いですよ。間口広いんですよ。これは再演だから、いつも宣伝する時は、まだどうなるかわかんないこと多いんだけど、再演だから、面白いと言い切れる。わかってるから。
太田光:名作だからね、『カイロの紫のバラ』は。本当に節操ないですね。
田中裕二:節操ないって何なんだよ!
太田光:ハハハハハ
田中裕二:マルチに活躍してるでいいだろ!
あれ?卓球君からは結局。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:FAX来てない(笑)。
太田光:頑張れ卓球。
田中裕二:聴いててくれてるかな。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ:聴いてると思う。
田中裕二:ということでございまして、本日のゲスト、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんでした。ありがとうございました!
田中君とは何年か前芝居観に来てくれた時にチラと話したけど、太田君とは四半世紀以上ぶりに会った。デタラメなようで、スタジオで一緒にいるとすごく気ぃ使ってくれているのがわかって有り難かった。また今度はオフでゆっくり話そ。外山さんもありがとうございましたん。#爆笑問題 #keralandscape pic.twitter.com/kDWI48AO5H
— ケラリーノ・サンドロヴィッチ (@kerasand) April 28, 2019