映画『流浪の月』 李相日監督インタビュー(前編)

 

澤本・権八のすぐに終わりますから。 2022年5月22日

 

――李相日監督の20秒CM

李相日:前作『怒り』より6年ぶりに映画を撮りました。6年、和すられてしまうぎりぎりで、今回『流浪の月』という、広瀬すず松坂桃李W主演の映画を皆さんにお届けしたいと思います。李相日です!

 

――どんな内容なのか教えていただけますか?

李相日:昨年、本屋大賞をとりました凪良ゆうさん原作の『流浪の月』をベースに映画にしているんですけれども、子どもの頃の少女、広瀬すずさんは大人になってからなんですけど、更紗という10歳の少女が公園で1人でいるところに、大学生の桃李くんと出会いまして、2人はある事情があって、一緒に彼の家に行くことなるんですけど、それは結局誘拐事件ということになってしまって、2人は離ればなれになるんですけど、それから15年後に再会してまか運命の歯車が動き出すという、今の生きづらさとか、SNSとかでいろんな誤解を浴びながら、2人の絆というか、つながりを深めていくという物語ですね。

 

――この映画を今つくる理由

李相日:僕も今、ストーリーを解説するということになって、どうストーリーを解説していいかわからない。何しゃべっているんだろうなと思いながら。観終わってすぐ感想が出るというタイプでもないし、今日は、逆に言うと、広告のプロの皆さんにどうやって説明したらいいですかね?という。

決してものすごく難しい感情を描いたつもりはないんですよね。たぶん、ある程度の方が何か思い当たったり、あれ?とか、共感までいかなくても、何か共鳴するみたいなものを描いているんですけど、なかなか説明が難しくて。だから僕は映画なんだと思ったりもして。

小説を読んだときも、自分が日ごろ抱いている違和感とか、まさに思い当たることとかが鋭い視点でいろいろ描かれているんですけど、片一方でこの2人のつながりって、小説の中でも何度も「言葉で説明できない」からこそ、何か映像で追求したいと思わせるものがあったなと思うんですけどね。

――多かれ少なかれ、みんないろんな思いを抱えながら生きていて。つくる以上は、監督は世の中に何かを投げかけたいはずで、生きづらさみたいなものを日々抱えながら、でも何とか頑張って生きている人に向かって何かおっしゃりたいというか、描きたいものがあるのかな、とか。僕が言うことじゃないですけど。

李相日:僕もどっちかというと、知らずにこの事件に接したときに、真実を本当に見ようと一生懸命になるかというと、結構断片を集めて判断する側の一人でもある気がしているんですよね。そうやって一個一個処理していっちゃうというか。でも、処理された側には、そこにだけ真実があって。でも、それが一生ついて回るじゃないですか。周りは処理すれば済むけど。でも、そこでずっと苦しみ続けなきゃいけないということに、どこか立ち止まる必要がある気が自分でもしているといいますかね。そこをすくい上げようとか、世の中に強く訴えて、完全に排除することとか批判することはだめなんだとか、訴えようということじゃないんですけどね。立ち止まりたいというか。

 

――今回の『流浪の月』で言うと、元誘拐犯とその被害女児。松坂桃李さんと広瀬すずさんの2人の関係性、客観的に見ると誘拐犯という犯罪者みたいなレッテルになってしまうんだけど、そうじゃなくて、単純な善悪では判断できないものが描かれているという感じなんですかね。

李相日:まさにそうです(笑)。

――(笑)

 

――今、監督がおっしゃっていたけど、感想としての一個は、真実に見えているものは、真実が何だかよくわからないことはいっぱいあるんだなと思って。今、(中村)洋基君が言っていた「元誘拐犯」と言うけど、誘拐犯なんだろうかということすらわからないじゃない。

――そうそうそう。

――本当に僕らが外から見ていると、今起こっているいろんな世の中のことに対しても、こうだと情報で決めつけていて、今、僕らが当たり前だと思っていて、その人たちについてすごく批判の目を向けたりしていることって、実は全然内面は違っていることとかもいっぱいあるかもしれないなというのを、うわ、そうなのかも……ということに気がつくという点では、それは既に気がついているじゃない。それがいっぱいあの映画の中にあると思ったのよ。中には、これは自分も本当はそうなんじゃないかと思ったりするような事象もいっぱいあるし。それが次々と襲ってくる映画で。

 

――それは、テーマの切り取り方とか描き方が、目をそむけられないというか。完璧じゃないですか、映像が。完璧だなと僕は思ったんですけど。何がすごいって、どの役者さんもみんな凄くなかったですか?

――すごかった。すごかった。

――それぞれみんな素晴らしかった。ごめんなさい。本当におべっかじゃなくて、みんな凄かった。僕が知っている松坂桃李さん、僕が知ってるすずちゃん、流星くん、多部未華子ちゃん、全部、超えてくると言うとおこがましいんだけど、監督が広瀬すずの代表作をつくろうと思ったみたいなね。舞台挨拶で。

李相日:勢いで言っちゃった(笑)。

――そうかなと思ったんですけど(笑)。でも、役者さんの引き出し方というのかな。どうやってああやってみんなポテンシャルを引き出しているのかというか。

李相日:ねえ。

――(笑)

李相日:秘密は何もないんですよ。会話していくしかないというか。会話というか、沈黙も含めての会話というか。たぶんそんなにはっきり正解。こうしたらこうなるよね、これは。このキャラクターは、こういう性格だからこう動くよねという、簡単に断定できない生身感なので、「どういう人なんだろうね?」という質問を投げかけて、数十分沈黙しながら、うーん……て言いながら、ぽつぽつと何か思ったことがお互い出てきたり。一人一人そういったやりとりを経て、今度、役者さん同士また合わせて、例えば、すずと流星くんなら、3人でまた問答を始めるというんですかね。

しゃべっているだけで何も解決しなければ、ちょっと動いてみたりとか。それはその場によるんですけど。答えを確認するというより、何について悩むかを共有する、みたいなことの時間を持つようにはしてますかね。

――それは撮影に入る前?

李相日:入る前ですね。だから、いわゆるリハーサルというのもやるんですけど、台本読んだりとかもやるんですけど、それよりかは、書いていない部分というんですかね。

例えば、すずと流星くんが最初に会ったのは、あの2人が同棲して1年とか2年たっている設定なんですけど、最初に声かけたのはどっち? 最初にどこでどう声かけて、例えば、飲み会の帰りに2人で一緒になったときに、駅までの道、どういう会話をしたのか、そこから始めてみよう、みたいな。掘っていくというんですかね。役として出る会話をヒントにしながら、こっちからも何か足したり、こんな話題にしてみようかとか。そういうのをやっていると、その精度をどんどん上げていくというか。

今度は、よくあるシチュエーションですけど、ホームで反対と反対になったときに、電車が来るまでどうしようかとか、次の約束を流星くん(亮)はどう取り付けようとするんだとか、そういう感じに段階を経て、最初の出会いをまずは埋めていってみる、みたいなことはやったりしましたね。それをいろんな局面で、いろんな俳優さんと一つずつ埋めていくというか。

――カメラを回して撮影を始める前のプロセスが監督が役者を引き出す秘訣になっているんじゃないかという感じですかね。

李相日:引き出すのか、それぞれが何かつかんでいくヒントというか。ヒントを探す時間を設けますかね。