大スター アントニオ猪木

 

神田松之丞 問わず語りの松之丞 2020年2月7日

 

子どもの頃、私にとってラジオは、大人の本音が聞ける場所でした。今ならネットで本音は溢れていますが、人に届く本音、言葉を選んだ本音を聞けるのは、私にとってラジオだけだったと思っております。

そうそう、今までいろんな憧れの人に出会ってきて、いろんな辛い目に遭ってきたんですけれども、今回もまた、私の大好きな、大変に尊敬しているアントニオ猪木さんに雑誌の対談で会うことができました。今日はその話をたっぷり申し上げたいと思います。

ラジオの友は真の友。神田松之丞問わず語りの松之丞始まりでございま~っす。

 

こんばんは。講談師の神田松之丞です。そして、目の前にいるのは、笑い屋のシゲフジ君というね。辻よしなりさんの番組の後にアントニオ猪木の話という、実に痺れる流れですけど、一回その前に鈴木杏樹の不倫の話したいね。

 

猪木さんとは、実は雑誌の対談で、『週刊プレイボーイ』でやる中でのお話なんですよ。一応対談という形式なんだけど、俺が実質全部聞くみたいな感じで。でも、全部聞くと憧れの人が怒るっていう前科があるから、俺もう、どうなんでしょうと思ったんですけど。

俺も猪木さん大好きだけどさ、そこまで、本当のガチのプロレスファンから比べたら、俺は知識ないですから、本物のプロレスファンを一緒に連れて行こうと思って。清野茂樹というアナウンサーがいるんですよ。この人は、プロレスファンどころか、普通に新日本プロレスとかのアナウンスとかもやってるし、プロレスマニアどころじゃないです。とにかく、何年何月に何が起こってとかというのを全部即興で返してくる。

清野茂樹は、そもそも古舘伊知郎さんが好き過ぎてプロレスファンになったという、ちょっとヤバい人なんです。古舘伊知郎が好きで、どのぐらい好きかというと、20年前ぐらいに古館さんが、『トーキングブルース』とかいうああいうライブじゃなくて、普通のトークショーがあったんだって。その時、中学生か高校生か大学生か忘れましたけど、清野茂樹さんがまだ10代の頃ですよ。古館伊知郎がそうやってやってて、それが2時間。全然台本とかなくてね、急に喋ってんですけどっていうのがめちゃくちゃ面白くて、清野少年は、うわ、すごい!みたいに思ってた。

終わりました。「ああ、古館面白かった~!」って言ったら、目の前に古館伊知郎のペットボトル、飲みかけのペットボトルがあるから、清野少年、それを盗んでくるっていう。そのペットボトル、まだ水も残ったまま20年間持ってるという、超絶気持ち悪い男です。古舘伊知郎を一番わかっているのは俺だし、古館伊知郎が老いてきて辛いのも俺だし、古館伊知郎を愛しているのは俺だし、古館伊知郎に引導を渡すのはこの俺だし、古館伊知郎と同じ土俵に上がって、という、とにかく古館伊知郎、古館伊知郎で、あの気持ち悪い奴を連れていこうと思って(笑)。

いや、尊敬しているんですよ。清野さんね。あと、九龍ジョーさんという、その人も一緒に来てくれて。あと、チカダさんというプレイボーイの編集の人も来てくれて、四人(よったり)でもってワッと行くわけよ。

ホテルオークラで、猪木さんも定宿にしてますから、そこでも俺たちも緊張の面持ちで。とにかく1時間の時間だから、聞くことを考えなきゃいけない。他でもうこすっていることはいいと。新しく聞きたいことは何かあるかといった時に、チカダさんというその編集の人が、とにかく猪木さんは素敵な人なんですけど、水素水の発明みたいなのを今一番こだわっていると。

これ、知らない人のために言いますけど、アントニオ猪木というのはいろんな事業に失敗してきたんですよ。あのアントン・ハイセルでサトウキビで世界を救うんだ、みたいなのとか、永久電気みたいなのがあって、「集まっていただいてありがとうございます。これは永久電気でして、これをスイッチオンをして、そうすれば、これは天下一の発明です。こんなものはもう二度と発明されないでしょう」(以下、猪木の発言部分はすべて声色で)といって、いろんな記者を集めてスイッチをオン!とやったら、一切光らないという。「壊れたのかなぁ……」。

俺とかプロレスファンからすると、猪木さんは年中騙されているイメージがあんのよ。で、今回もやっぱり水素水がどうのこうと言っているわけ。「どうしようか」つって。「とにかく水素水の話題になったらちょっと話を逸らしましょう。時間がないんで」みたいな。「そうですね」つって。

猪木さんも来たんだよね。「あ、猪木さん来ました!」となって、ゾワッとみんなしてさ、猪木さんだ、うわ、生のアントニオ猪木に会えるんだぁ、みたいな。

俺、伊集院さんと初めて会った時とかも、山のような男が出てきたと思ったの。声もでかいしね。いい意味で。優しかったなぁ。あの時を思い出すな。伊集院さんの初めて。うわあ、伊集院さんだぁ。俺が大好きな、大好きな、あの、俺が一時期へこんでた心の清涼剤であった伊集院さんが目の前に、みたいな、そういう。これは仁左衛門さんもそうだし、全員、いろんな人もそうよ。

そういうのがやっぱあって、うわ、生アントニオ猪木だと、素人みたいな感じで俺もさ。

したら、車椅子なんだけど、途中でクッと立ち上がってさ、つっつっつって来てさ、猪木さん、俺みたいなクソ年下だしさ、何だかよくわかんねえ奴じゃん、俺に対して深々と頭を下げてさ。昔は公称1メートル91センチあると言われていたアントニオ猪木が、今はもう身長も縮んで182センチぐらいになったって言われてますけど、深々と頭を下げて、それでも大きかった猪木さん。「アントニオ猪木です。よろしくお願いします」と言ったの。

ああ、大スター! これだよ、これ、これ。美空ひばり長嶋茂雄アントニオ猪木。戦後を支えた大スターだよ。力道山の後継者。うちのばあさんも興奮しっぱなしだった力道山。猪木にも興奮してた。おばあちゃん!猪木と会えたよ!

で、写真撮影とかあってさ、フワッとやって、張り扇とか持ってくれちゃったりなんかして。

明らかにそんなに体調良くないの。でも、体調良くないけど、俺に対して優しいから、そういうのを気づかしちゃいけないつって、いい風に振舞ってくれてるの。

で、1時間のあれなんだけど、ほとんど「猪木さんに聞く」みたいな姿勢でもって、九龍ジョー清野茂樹と俺もずっとこうやってインタビューしてる。

結構怒るんじゃないかというふうに。俺もちょっと怖いからさ。どっかでさ。あんま変な質問とかしちゃいけないのかなとかというふうに思うんだけど、やっぱここは突っ込んでいかなきゃいけないと思って、「あのぉ、僕は猪木さんに普段質問をみんながしないようなことをしようと思うんですけど、『1、2、3、ダー』は100万円払うというのは、あれは本当ですか?」って。「あれやってもらうのに100万円必要だって聞いたんですけど」っていう。

「いやあ、本当です。100万です」「友情割引とか……」「いや、全部100万で受けてます」つって。そうなんだ、長年の疑問が解けたー!

あと、「こんなこと、猪木さんあれなんですけど」――。猪木さんが「Dynamite!」という、国立競技場か何かで、お客さんが8万、10万、格闘技全盛の頃よ。俺ね、友達のウエマツという奴と、唯一の友達と行ってたんだよ。「Dynamite!」。あれもいい試合だったんだけどさ。「Dynamite!」もさ。

その時にさ、猪木がスカイダイビングで降りてくるっていう、そんな話になってたのよ。国立競技場のところに降りてくる奴なんか見たことねぇじゃん。てか、危ねぇじゃん、そもそも。あそこめがけて降りてくの。

その時にウエマツっていう奴は「猪木が降りてくるわけねぇだろ。お前騙されんなよ、プロレス雑誌に」とかって俺に言ってた。「バカヤロウ!猪木降りてくるに決まってんじゃないか」つって。「猪木はそういうことする人生だろう!」って。「お前、だから危ねぇだろ、国立競技場のこんな面積がないところにどうやって降りてくんだよ! どっから降りるんだよ。お前マジで言ってんのか?信じんなよ!」って言ってる時に、「アントニオ猪木さんが今、空から降りてまいります!」っていうアナウンスがあったの。

「えっ ?!」つって2人が見上げた瞬間に、猪木がウワーーーーッて降りてきたのよ。国立競技場に。大盛り上がりだよ、そりゃあ。「猪木! 猪木!」ちょっと笑えるんだよ、それ。なんでこの人こんなことやってんだ?っていう。

降りてきて何言うのかな?って、バーンて猪木降りてくるじゃん、国立競技場に。ウワーッと降りてきて、すぐに誰かがマイク渡すんだよ。で、行った瞬間に猪木が何て言ったかというと「バカヤロウ!」つったの。大受けなのよ。大爆笑。国立競技場、8万から10万が大揺れなの。

それがいろんな都市伝説があって、猪木さんが降りてくる地点が30メートルのところから降りてくるというふうに聞いてたんだけど、実際は3000メートルのところから降ろされたと。それに対しての「バカヤロウ!」だったんじゃないかっていう真意を聞きたい、みたいな。

「いやあ、別にそうじゃなくて、本当にこいつら全員バカヤロウだから、バカヤロウと思いました」みたいな(笑)なんかそんなような会話だったよ。

全部面白かったね。猪木さんの中でも、いろんな接待をするとかというのもプロレスなんだろうね。

そういう意味で言って、俺みたいなわけわかんない奴とも楽しくやるっていうのは、まさに猪木さんが「箒でも試合できる」じゃないけど、今までやってきたプロレスの中の一環なんだなと思うと、常に体調悪いのに上機嫌でいるっていう。

考えてみたらさ、アントニオ猪木さんなんか、修行なんかえげつなかったわけよ。同期がジャイアント馬場さんなんだけどさ、馬場さんは元々巨人の選手で超優遇されてたわけよ。まあ、スターだよね。

片や猪木さんは、ブラジルの時に行っていた移民なわけだよ。そこでスカウトされたって伝説になってんだけど。6歳違うけど、キャリアが全然違うから。とにかく住み込みですから、猪木さんは。力道山のところ。もう「猪木」とか言ってくんないわけ。「おい、顎!」とか、そういう酷い言葉を浴びせかけられていたわけよ。

猪木さんとしては本当にきつくて、よく言ってたのが、猪木さんは「刺してやろうと思った」と。「力道山を殺してやろうと思っていた」みたいな。それも聞いたんだけど、「ああ、思いましたね。殺してやろうと思いました」。それぐらいに猪木さんも思っていたわけ。

力道山から教わったこととかあるんですか?」「なんもないです。なんもないです。背中だけ見せていただきました」みたいな。

ただ一個、全部嫌な思い出っていうか、全部理不尽に怒られて殴られて、パワハラ全盛どころじゃないですよね。めちゃくちゃな世界の中で唯一、これ結構有名な話なんだけど、あるお相撲さんの現役だか、引退された方と一緒に飲んでいたんですよ、力道山が。その時に、何々山だったかなあ、有名な人なんだけど忘れちゃった。その人が猪木さんの顔なんか見て「こいつ、いい顔してますね」って言ったんだよね。その時、猪木さんがまだ10代とかじゃない? 本当に下働きしている頃。ただ、一切褒めなかった力道山が、その時だけにっこりと笑って「こいつ、いいんだよ」って言ったっていう。で、それをずっと覚えていて、それが心の支えだったっつって。

その日の夜に力道山はヤクザに刺されて死んでるんだよね。死んだのは病院の後なんだけど、ヤクザに刺されて、ちょうど場所も赤坂でさ、菊地成孔さんじゃないけど「力道山刺されし場所」なわけだよ。実際は、刺された後に入院して、そのままいれば力道山も助かったって言われてんだけど、サイダーだか、寿司だかをバクバクバクバク、刺されたのに食ったんだよね。そのサイダーを飲ませたのは猪木じゃないかという説があるんだよ。「それ猪木さんなんですか?」と言ったら「違いますね。違います。違いますよ」つって。あ、違うんだ、と思って。俺もどこまで聞くんだっていう(笑)。

でも、その褒められた日に師匠が刺されて死んでいくというのは、なんかちょっと、ああ、なんか……。なんだろう。師弟関係ってのは、愛情と憎しみと、そして、なんかありがたさの感謝とかいろんなものが入り混じってる、まさに清野茂樹古舘伊知郎との関係なんですよね。

「古館さんが僕のことを正式に知るまでは僕は会うことはできません」みたいな(笑)。一回ラジオ日本から離れてくれよという。

清野さんにも俺も振って、「清野さんもじゃあ質問を」とかといっぱいやって、途中で清野さんが質問することに対して、多分プロレス関係者だからいいと思ったんだろうね。芝居で、「バカヤロウ!てめぇ!つまんない質問ばっかりしてんじゃねぇ!コノヤロウ!」と言ったの。

それに対して、もう昔みたいな迫力がないからか、九龍ジョーがなぜか笑っちゃったの、ちょっと。クククって。場を盛り上げるために。

それに対して猪木さんが言ったのが、「あ、もう俺も迫力なくなっちゃいましたね」って言ってて、その時になんかぐっと来るというかね。ああ、もう俺、昔だったら、迫力があって、緊張と緩和で、「なんちゃって」みたいなのでまたほぐれたのに、「もうアントニオ猪木も店じまいですかね」みたいな感じが、逆に痺れるっていう感じでね。

「猪木さんの死生観て何なんですか?」とかいろいろ聞いたら、ブラジルに移民で行く時に、じいさんがいたんだよね。一番アントニオ猪木に似ているというか、山師なところが、山っ気があるじいさんで、ブラジルで暮らすと言ったのもそのおじいさんで、船に乗ってさ。当時だよ。戦後間近の時だから。

その時に、一番影響を受けたおじいさんが船の中で亡くなるんですよ。で、戦後初の水葬礼みたいな感じで、日本国旗を体に巻き付けて、猪木さんのおじいさんが海の中に消えてく。その模様が、家族総出で行ってて、こんなに人間てあっけなく死んじゃうんだっていう。棺桶か何か、棺のとこにスッと入って、海にフーッと流されて、あっという間にそのじいさんが消えていった時に、ああ、人ってこんなにあっけなく死んじゃうんだ、みたいなことが多分猪木さんの中に生涯残ってて。

猪木さんの死生観て、アリ戦で借金数十億とかつくったり、めちゃくちゃな人生なんだけど、それ、人を楽しませようとかね、なんかそういうのが常にあるんだなぁなんてことを思いながら聞いてたら、「水素水の話をしよう」。「ああ、それはちょっと、それはちょっとすいません」つって。

で、九龍ジョーが上手くてさ、「そうか、そういう水素水とか、そういう事業を手がけるというのは、猪木さんまだまだ人を喜ばせたいとか、そういうふうにお思いなんですよね。ところで、猪木さん、好きな映画は?」みたいな。変えたね、ずいぶん話を。「ゴッドファーザー」。ゴッドファーザー好きなんだ、なんて思いながら。

なんかよかったよ。全部よかったよ。

「そういえば、最後に猪木さん質問なんですけど、馬場さんにずっと挑戦状を叩きつけていましたよね」「つけてました」「馬場さん受けなかったじゃないですか」「受けませんでした」「あれ、もしも、俺、猪木さんは多分馬場さんは受けないと思って挑戦状をあれだと思っていたんですけど、受けたらどうしてました?馬場さんとの勝負どうしてました?」と言ったら、「まあ、手加減してたでしょうね」。

痺れるなぁ~! 結構こすってきたような言い方だったけど、でも、痺れる。

全部終わって、カメラマンも最後また撮影があるんだけど、一緒の撮影とかやってたら、カメラマンがまた馬鹿みたいに猪木ファンでさ、もう猪木さん疲れてんだよ。1時間。1時間のところ、1時間半喋ってくれて、「いいですね、いいですね」ってやってるんだよ。早く帰りたいのに。でも、顔色一つ変えずにニコニコしてカメラを受けてんの。スターだから。自分がしんどいとか言わないんだよ。足ちょっと見たら、ちょっと震えてたりもするわけ。辛いんだろうね、足も。でも、それでもカメラマンとか夢中になって撮っててさ。

で、終わってさ、ああ、もう全部終わっちゃったぁと思って、俺もアントニオ猪木さんと会うのは、これが最初で最後かもなぁなんてことを思ってた時に、俺がスーッと背中向けて荷物取りに行こうとしてた時に、猪木さんがネクタイをククッてやりながら「松之丞さん」て声かけてくれて「はい」つって。「おいしいものはお好きですか?」つって。「はい、好きです」つったら、「今度、なんかおいしいものでも食べに行きましょう」。

もちろん、それはリップサービスなんだけど、「お忙しいでしょうけど、おいしいものを一緒に食べに」。「お忙しいでしょうけど」って、俺みたいな小者にまで、こんだけ優しくしてくれて、また車椅子に乗って、とてもとても一緒に食べていける状況じゃないんだけど、移送されてっていうようなその感じ? それも俺が見てる前までは普通に歩ってって、廊下のところへ行った時、俺が見えなくなった時に、奥に見えたのが車椅子に乗ってるっていう。

俺、思って反省したの、いろいろ。俺はそんなスターでも何でもないんだけどさ、俺みたいな小者にまでさ、「アントニオ猪木、やっぱよかったよ」って、これを持ち帰らせるまでがやっぱスターだよね。

俺はそう考えると、今、全部自分の「問わず語りリスナー」とかを振り返るとさ、いろいろなんか、フォルクスワーゲンの最初のCMの時に撮ってくれた監督とか、この問わず語りリスナーなのにさ、「あのバッタみてぇな顔して」とかさ、「あいつが空気読めねぇで」とか、「イライラして」とかさ、それに比べてアントニオ猪木のでかさ! スターってこういうことだなって、俺ちょっと感慨に浸っちゃってさ。

俺も伯山になったら、『問わず語りの松之丞』もこれで終わりですから、もうちょっとね、徳を高く生きていかなきゃいけねぇんじゃねぇかなっていう。ファンとかに対して、「なんか松之丞ってやっぱ面白かったしいい人だったよ」とかというふうに思っていただくようにしなきゃいけないなっていう。本物のスターを見てようやく気づきました。

そういう僕の伯山の模様を見られるチャンネルが何と YouTube で開設します!

今までの全部振りだったのかっていう。

 

ということで、『問わず語りの松之丞』はこれにてお開きという。来週から『問わず語りの神田伯山』ということになります

それではまた来週。最後の神田松之丞でございました。来週からは神田伯山になります。皆さん本当に松之丞時代ありがとうございま~っす。