ジレンマ

 

高橋みなみ朝井リョウ ヨブンのこと 2020年5月10日

 

(朝井さんはスタジオ、高橋さんは自宅で料理をしながらの放送)

朝井:ということで、高橋さんが料理をしている途中ではありますが、私たちの人生には、今、何も起きていないから、皆さんから届いたメールを着々と読んでいく時間です。

何も起きていないって、本当は、太陽とシスコムーンのDVDを観たっていう話とかあるんですけど、何か観た話になっちゃうんだよね。

高橋:でもさ、自分で何か行動が起こせないからさ、そうなってくるんだけど、でも、私は、インスタライブとか、前も言ったけどさ、最近やり始めてるじゃん。

朝井:さすが大芸能人ですよ、ホントに。

高橋:いや、大芸能人じゃないでしょ、別に普通でしょ。

朝井:大芸能人よ。

高橋:やってんだけど、本当にチームYの人たちも観てるっぽくて。

朝井:それはどのぐらいの感覚で、どれぐらいいるなっていう気がしていますか? 私、チームY、本当はいないんじゃないか説というのをずっと唱えて…。

高橋:なんかね、100人に2人ぐらいいるの。

朝井:(笑)でも、少ないのかな、それって。

高橋:でもね、すごい熱いの。「チームYです」っていうことをすごい主張してくんのよ、みんな。

朝井:引くわぁ。引くわぁ。

高橋:ハッハハハ なんかたぶん、ラジオちゃんと聴いてくれてるから、「この前そういうふうに話してましたよね、待ってます」みたいな、「朝井さんとインスタライブやってください」みたいな人が4人ぐらいいたね。

朝井:高橋さんのファンのコメントがフワーッて流れていく中に、やけに長文で、ほかの人が使ってない単語、「朝井さん」というほかの人が使ってない単語を急に入れた文章が流れてくるんだ。

高橋:流れてきたりとか、あと、なんかみんな「チームYです(笑)」って書いてくるの。

朝井:うわっ。もう恥ずかしいと思われてる。

高橋:ハッハハハ

朝井:ってことですからね。

高橋:フッフッフッフッ 恥ずかしいと思われてるのかな?

朝井:「私、足臭いんですです(笑)」みたいなことよ。

高橋:ハハハハ イヤだ~。

朝井:そのまま(笑)で終わらせないのは。

高橋:悲しい。

朝井:根本さんからみほとけさんには強要したのにっていう、すごく胸が痛くなるような。

高橋:なんかすいませんていう話になりますけど、そうすると。

 

朝井:私は今、自分の体の外でツイッターだけが稼働しているという状況になっているんですけど、どの統計が正しいのか全くわからないけど、今、芸能人の人とかは、公式でインスタを持っていることのほうが多いじゃないですか。どっちかというと。ツイッターとインスタ、どっちもやっている人もいるけど、インスタだけやっている人のほうが…

高橋:多いかなあ。

朝井:ツイッターだけやっている人に比べたら多いのかなっていうイメージが。

高橋:あと、俳優さんとか女優さん、インスタやりやすいかもね。

朝井:そう。なんかやるじゃないですか。言葉よりも写真のほうが訴求力があるっていう人は、確かにインスタ向いてるなって思うんですけど、でも、本の世界ってインスタはホントに使われてなくて。

高橋:あ、そうなんだ!

朝井:そうそうそう。基本的にツイッターばっかりなの。やっぱり文字との親和性があるから。

高橋:ああ、ま、そうか。

朝井:でも、やっぱさ、ホントに若い子って、たぶんもうツイッター見てないんでしょ?きっと。あまりわかんないですけど、この辺のこと。

高橋:どうなんだろうね。

朝井:なんかわかんないじゃない。すごいツイッターで盛り上がってる人もいるけど、インスタしか見てない人もいるんだろうなと思うと、私の人外で、例えば、公式のインスタグラムのアカウントがあったほうが、単純に本の宣伝とか拡散のためにはいいのかなと思うんですけど、インスタグラムって写真が絶対必要じゃない?

高橋:まあ、一応ね。でも、もともとは確かに写真のツールだったけど、言葉少なくとも写真で伝えれます、みたいなのがたぶんツイッターとの違いだったけど、最近、同じふうになってきちゃってるじゃん。ツイッターもインスタも。

朝井:あ、そうなの? でも、インスタは写真は必須じゃないの?

高橋:一応必須だけど、例えば、アパレルの人とかは、変な話、真っ白の画像とかを上げて、ツイッターみたいに文字制限はないから。

朝井:バーッと文章を載せると。

高橋:バーッて文章を書いてるだけとか、変な話、本の表紙だけ撮って、それだけパッと上げたりとか、やりやすくなってるのかなとは思うけどね。

朝井:まあね。どっちもあったほうがいいのか、みたいなことは悩んでます。

高橋:どっちもかな。どっちもやろうよ。やろうよ。

朝井:えーーーっ。へへッ

高橋:やろうよ!

朝井:怖い。

高橋:なんで?

朝井:そうなんだ! 今カンペが。DJ松永もインスタを始めましたというカンペも出ております。

高橋:そう!思った! やり始めたよね。

朝井:そうなんだ。でも、確かに、それこそ表に出て音楽とか芸能の世界で働いている人はやったほうがいいと思うの。やって、知ってもらうことが大事だし。

高橋:そうだね。

 

朝井:でも、私がずっとジレンマがあるのは、私がすごく憧れている作家の人は、本当に作品だけで広がってるからさ。

高橋:そっかぁ。

朝井:そう。そうなりたいんだけど、こんなラジオもやっている時点で無理なんですけど。

高橋:「こんなラジオ」って言わないで!

朝井:(笑)ラジオやってる時点でそれは無理なんですが、ラジオはまだちょっと内緒話的な感じでやってる気持ちがあるんですが、インスタライブとかをほかの作家がもしやってたら、「あっ」て思うんです、私はたぶん。

高橋:その「あっ」は、やってんなーってこと?

朝井:「作品だけで頑張ろうよ」という気持ちに自分が思ってしまうタイプなので、そうじゃない職業の人はどっちも、その人本人にファンがつくということが正常な職業のファンの人は(高橋:難しいねー)どんどんやっていくべきだなとは思うんですけど。そうなんです。

あと、気持ちいいじゃん。インスタのほうが肯定的なファンの人がいるイメージが私は何となくあって。

高橋:あ、多い。多い、多い。絶対多い。

朝井:でもさ、もうこんなことを言ってらんなくなるよね、きっとっていう気持ちもありますよ。

高橋:この状況がいつまで続くかわかんないけどさ、いろんなツールを駆使していろんな人とつながらないといけない時代になるよ、きっと。

朝井:そうそうそう。「作品だけで」とか言うと「はぁ?」という時代にたぶんもうなっているんだろうな、みたいな気持ちはあるんです。

だから、私は、インスタとかもしやり始めて、それこそインスタライブとかやるとするじゃない。そしたら、すごい気持ちよくなっちゃうと思うんですね。

高橋:気持ちよくなるっていうのは何? 観てくれてる人がっていうこと?

朝井:とか、本当に本の仕事の私にとってのすごくネックというか、考えどころだな…考えどころというか、ラジオと本の全然違うところだなというのが、反応が本当にないのよ、本の場合。

高橋:ああ、なるほど。

朝井:最悪、雑誌とかに文章が載ったりとかするじゃないですか。マジでゼロだったりするの、反応が。

高橋:反応はやっぱり知りたいよね。

朝井:CM挟みます。

(CM)

朝井:CMが明けました。CMが明けました、皆さん。

それで、反応がないのよ。

高橋:続きだ。

朝井:別に反応が欲しくてやってるわけでもないし。これ、前も話したかもしれない。西加奈子さんが直木賞をとった時のスピーチで、「私たちはずっとトンネルを掘ってるような作業で、たまに近くでトンネルを掘ってる人がスコップをカンカン鉱山に叩きつけてる音が聴こえてくるぐらいの中でやっている」と。「たまに聴こえてくる音を頼りに、ああ、誰かも一人で今トンネルを掘っているんだなと思って、また無音の世界に戻って小説を書きます。だから、たまに直木賞みたいに大きい音が聴こえるとすごく励みになります」ということをスピーチで話されていて(高橋:なるほど)、めっちゃわかるなと思うんですけど、ラジオを始めて、ハッシュタグで検索すると、すごいたくさんの人が。

高橋:つぶやいてくれてますよ。

朝井:つぶやいてくれてるんですけど、そっちで慣れちゃうと、半年とか何の反応も…担当編集者さんの感想だけで長編を書き終える、みたいな作業が、感度がさ、刺激がふえると感度に慣れちゃうから、半年とか黙って長編を書くみたいなことがやりづらくなりそう。インスタライブによってっていう。

高橋:ええ?

朝井:遠いけど。「風が吹けば桶屋が儲かる」的な距離がありますけど、私はインスタライブで人がたくさん反応をしてくれたりとかしたら、嬉しくなって、小説を一人で長く書くということへの耐性が少なくなっちゃうんじゃないのかなとか。

高橋:そうかな?イケんじゃない?

朝井:うわ、テキトー。こいつ料理作ってんだよな、今。

高橋:全然テキトーじゃないよ。イケるよ。だって別にさ、刺激はきっと何かのエッセンスになるわけでしょう?

朝井:テキトーだな!

高橋:テキトーじゃないわ!

朝井:今の発言もテキトーだったな。

というのもあって、私は気持ちが、「気軽に」と言ったら、インスタやっている人からすると「気軽じゃないよ! 気軽なんかじゃないよ! 気軽だと思われたら心外なんですけど! 気軽っていうふうに思ってるんだ!」

高橋:誰?誰?誰の声?それ(笑)

朝井:(笑)みたいなふうに言われてしまうかもしれないので、控えてるっていうところもあります。もう「音なんてない」っていう状態を普通にしておかないといけないなっていう。反応とか反響とかなんてものはないっていう状態をベースに生きておかないと、長編の小説を最後まで書くっていう、走り切ることができなくなってしまうかもしれないという怖さがあります、というお話をしながら、今は何を作っているんでしょうか?