After the Rain

 

ACTION 2019年12月6日

 

武田砂鉄:新書館という出版社から出された『そこに音楽がある限り-フィギュアスケーター町田樹の軌跡』という非常に分厚い重厚な決定版作品集というのがありますけれども、これも読ませていただいたんですけれども、この中に、「町田さんの作品というのは、人生の勝者よりも敗者の心に常に寄り添い、闇の中から光をつかみ取ろうとする人間の気高さに引かれ、それを全身全霊で踊るという一貫した姿勢がある」というふうにお書きになられていて、あ、それは、確かに今までの演技を自分の頭の中で振り返ってみると、そういう通底するところがあったのかなというふうには思うんですけれども、こういう「人生の勝者よりも敗者の心に寄り添う」というのは、ご自身の競技者としてのわりとスタートの頃からあったものなんですか?

町田樹:そもそも、私は競技者として圧倒的に負けてきた人間なんですね。

武田:うん、そのこともこの本にはかなり色濃く書かれていますよね。

町田:はい。そういう負けの経験から得たものってとても多くて、負けの経験から何を想像できるかということを常に考えて活動してきたので、そういう考え方が演技にも反映されているんですけれども、何よりもこの競技者としての活動を通じて培ったのは、とても負けてきた。99%負けてきたり、困難があったり、ケガがあったり、悩みがあったり、苦しい経験はしてきたけれども、「99%の苦難の先には必ず1%の光がある」ということを信じられる心を、この競技を通じて培うことができたと私は考えていて、それはもう私の財産なんですけれども、ぜひその考え方とか、そのものの見方というのを、演技を通して多くの人に伝えたかった。

世の中生きていると、たくさん、困難とか悲しいこと、いっぱいあるじゃないですか。日々。だけども、やっぱり、たゆまずに、くじけずに前を向いて歩んでいれば、絶対に1%の光はそこにあるはずだと信じること。信じる力というのは、信じる力の大切さというのは、この競技を通して得た財産ですので、それを自分の演技を通して、一人でも多くの方に伝えたいと、プロスケーター時代は多くの作品をつくってきました。

武田:その99と1の時に、その1すら見えなくなる時っていうのもありますよね?

町田:はい。

武田:それが0.5になる時と、本当にゼロになる時ってまたあるじゃないですか。

町田:もちろん。

武田:キャリアの中で、これは本当にゼロになっちゃったって思う瞬間もたくさんあったんですか?

町田:ああ、もうほんとに…

武田:それでもまだ、それでも0.1の光は見えるという。

町田:ゼロじゃないかって。夜、練習から帰ってきて一人に(笑)、まぁ、独り暮らしをしていたわけですけど、現役時代は。部屋の隅に体操座りして落ち込む、みたいなことは何日もあって、その時に「ゼロじゃないか」って考えたんだけけども。

武田:それは本当に体操座りしているんですか?

町田:それはちょっと言い過ぎだったけど。

武田・幸坂理加:(笑)

町田:でも、気持ちはそうですよ。

武田:気持ちはそうですよね。気持ちは体操座りですよ。

町田:帰ったら誰もいないわけですから。一人で自己との対話をしなければいけないわけですから、このままやっていて何か光はあるんだろうかという日はもちろんありましたけれども、でもやっぱり、ゼロじゃないかって半分あきらめの気持ちでも、でも、そこに練習に行くとか、ゼロだと思いながらも、日々同じルーティーンをこなしていく。希望がないと思ったとしても。でも、進んでいたら、「あ、やっぱり1%の光ってあるね」っていう。ゼロだと思っても、あきらめずに日々努力を続ければ、「あ、やっぱりあるんだ」。そういう経験を積み重ねていくと、ゼロって思うことがなくなるんですよ。

武田:あ、そうかそうか。その反復によってね。

町田:今回も絶対に1%はあるはずだから、絶対にここで負けちゃダメだって。

武田:じゃ、ある種ゼロにしない訓練というか、

町田:そうですね。

武田:トレーニング。

町田:そうですね。

武田:この、今、視界が塞がっている感じは真っ暗に見えるかもしれないけれど、というふうに繰り返すことで、それが異なるものに見えてくると。

町田:はい。(そう)だし、そういう経験を踏んだからこそ、1%の光ってダイヤモンドのように輝くと思うんですね。成功ばかりで光を得ても、光と思わないですから。

武田:ちょっとメモしましょうね。今の話(笑)。でも、本当そうですよね。

町田:私の座右の銘の一つに“After the Rain”という言葉があるんですけれども、虹ってすごいきれいじゃないですか。でも、雨が降らなきゃその現象は起こらないんですよね。そういうことなんですよね。