“普通”

 

荻上 チキ・Session-22 2016年8月1日 

 

村田 沙耶香「多分小さい頃から世界の仕組みが不思議だったんだと思います。例えば、お父さんとお母さんが、家をすごく貧乏だと思っていたので、お父さんとお母さんがなんでこんなに自分に食べ物をくれたり、おもちゃを買ってくれたりするんだろうっていう、家族ってどうしてこういう仕組みなんだろうとか、例えば、学校ってどうしてこういう仕組みなんだろうとか、友達って何だろうとか、なんかそういう仕組みそのものを、面倒くさい子どもだったんでしょうね、すごく考える子どもだったのが、今も抜けない。それは、疑うとか違和感があるというよりかは、単純に考えるのが好きなのかもしれないですね」

 

村田「自分が否定されるのが嫌だから、人の考え方を否定するのは普段から嫌ですね。小説の中でも、いろんな考え方を、ほかの、例えば、いわゆる正常と呼ばれている人を、正常は間違っている、みたいな書き方はあんまりしたくなくて、正常もヘンテコだけど、悪くはないっていう(笑)、なんかそういう変な書き方をどちらかといえばしたいほうだと思います」

 

村田「肯定というのは、自分の小説で結構したいことの一つだと思います。すごく変な人のことも肯定したいし、普通の人のことも肯定したいと思っていると思います」

 

村田「価値観が壊れることをそんなに怖いことだと思っていないというか、多分楽しいことだと思っているんだと思うんです。自分の既成概念とかを一回壊されてしまうこと、それで全く新しい目でもう一回、例えば、女はこうだとか、一回既成概念を壊された上で、もう一回選択するという楽しさ。それがなんだろう(笑)、それが正しいと思っているわけではないんですけれど、一回全部クリアにしてみて、全くなくしてみるっていう作業をしてみたい。小説の中でもしてみたい。それがちょっと攻撃っぽく見えちゃうのかもしれないですね」

 

村田「“普通”に憧れるっていう気持ちは、多分自分の小さい頃、私は(『コンビニ人間』の)主人公とはだいぶ性格が違って、すごく内気すぎる、内気すぎて、大人しすぎて、普通にもっとしゃべれるようになりたいとか、友達とワイワイできるようになりたいとか(笑)、イエーイとか、そういうのもうまく言えなかったので、そういうことをうまく言えるような普通の子になりたいってすごく憧れの言葉だったんですよね。でも、憧れてる反面、苦しめられる言葉でもあって、だから、多分ほかの小説でも“普通”という言葉に苦しめられる主人公を多く書いてきたと思うんです。(『コンビニ人間』では)多分それをもっととことん書いてみようと思ったんだと思います」

 

村田「私が小さい頃憧れていた“普通”っていうのは、美化された(笑)、美化された“普通”。“普通”の中の残酷さとかいうものにもその時は目が行っていなかったので、作品の中ではそういうものも書きたいというか、“普通”だからこその鈍さとか、残酷さ、なんかそういうグロテスクさも、もっと“普通”ということもヘンテコだなということも多分書いていきたくて書いた小説です」

 

村田「本人は全然問題なく働いている、すごい幸せに生きてるのに、周りがものすごい心配するっていう。余計なお世話と言うとあれなんですが、でも、確かに36歳でアルバイトをしている女性がいたら、なんでなんだろうって私でもひょっとしたら思っちゃうかもしれない。なんでアルバイト、社員じゃなくてアルバイトなんだろうと。私自身にもそういう普通のサイドの残酷さがあるような気がして、そういうグロテスクさを自分サイドからもあぶり出したかったんだと思います」

 

村田「多分主人公は、でも、苦しんでないんですね。それは主人公の変なところなんだと思うんですけれど、みんなが心配しているなと思ってるだけで、苦しんではいないんですが、でも、自分が変だって思われてるなっていうことは感じているっていう、そういう微妙な立ち位置、変わった主人公だなと思います」

 

村田「“普通”を擬態するっていう感覚って、私自身も、あと、いろんな人が、実はささやかなことで持ってる部分があるんじゃないかなと(笑)。食パンとか、朝、すごい変な食べ方、耳の残し方とかするけれど、隠してるとか、人前では耳も食べるとか、なんかすごい小さなことで、実は“普通”を擬態している部分があるんじゃないかな。それって、でも、その作られた“普通”ってすごくヘンテコ、面白いなっていう。その“普通”を擬態する人間を、多分可愛いとある意味では思っていて、その可愛らしさも描きたいと、書いている時は思っていました」

 

村田「小さい頃からそれが疑問だったっていうのもあるんですが、多分私の中で一生書いていくテーマなんじゃないかなって(笑)。普通とは何かとか、家族とは何かっていうことは、自分の中で、書いても書いても書き足りないテーマなんだと思います」

 

RNスペシャル ウィーク「村田 沙耶香さんと言えば、作家仲間の朝井 リョウさんや加藤 千恵さんからは「村田クレイジー沙耶香」とも呼ばれていますが、村田さんが自分よりもクレイジーだと思う作家さんはいらっしゃいますか?」

村田「これは完全に朝井君なんですよね。朝井君て本当に変な人だと思っていて、ああいうタイプの暗闇って見たことないなって話をするんですよね。千恵ちゃんとかと(笑)」「私、朝井君と千恵ちゃんのラジオに出させてもらったときに、「明るい暗闇」っていうふうに表現したんですが、本当にそういう感じで、真っ白で、見たことないタイプの暗闇なんですよね。朝井君から感じる闇って。朝井君のあのしゃべるのが上手すぎるところも、全部すごい不思議。狂っているというより、すごい不思議なんですよね」「作品よりも、本人からのほうが狂気を感じる(笑)。怒られるかな(笑)」