両方ある

 

伊集院光とらじおと 2018年3月14日

 

安田美香「本日のゲスト、きたやまおさむさんは、1946年、兵庫県淡路島生まれの現在71歳。京都府立医科大学在学中に加藤和彦さんの呼びかけで「ザ・フォーク・クルセダーズ」を結成。解散を記念して300枚制作した自主制作アルバムに収録されていた『帰って来たヨッパライ』『イムジン河』が関西のラジオでオンエアされると、人気に火がつき、1年間限定でメジャーで活動しました。

一方、1968年の解散後、大学院に進学したきたやまさんは、作詞家として『戦争を知らない子供たち』『あの素晴らしい愛をもう一度』、ベッツイ&クリスの『白い色は恋人の色』、堺正章さんの『さらば恋人』などの名曲を生み出しました。

また、精神科医としては、クリニックを開業し、大学の教授や副学長などを歴任。多くの著書を執筆してきました。精神科医で現在もミュージシャンとして活動する作詞家のきたやまおさむさんが本日のゲストです」

 

伊集院光「番組冒頭から盛り上がったんですけど、アシスタントの安田も僕も、教科書で、それこそ数々の、『あの素晴らしい愛をもう一度』と、僕の時は『風』を知った世代で、後から『帰って来たヨッパライ』も同じ人という」

安田「びっくりしました(笑)」

伊集院「びっくりするっていう(笑)」

きたやまおさむ「そうですね。私もちょっとおかしいんじゃないかと思うぐらい、まとまりがないんですよね。でも、それがありがたい。自分の精神衛生にはいいんじゃないかなと思ってます。ジャンルこだわらないでいいでしょう。生きるの死ぬのとか、愛や恋や友情やら何歌ってもいいっていうのがフォークソングだったと思うのでね、僕たちの。だから、あれを喋らなきゃいけない、この歌を書かなきゃいけないという期待に応えなくてもいいっていうのがありがたかったですね」

 

伊集院「『継続が力』という言葉があったりとか、それでも歯食いしばってやってるうちに何か見えてくるよ、みたいな世代もいるし、もしかして、そういう生き方で今頑張れている人もいるじゃないですか。でも、それって全員に当てはまらないじゃないですか。

僕、高校やめたんですけど、やめてよかったです。もっと言うと、一旦休学して落語家になって、落語家が動き始めてやめてるんですけど、それ、すごい卑怯なことだと最初思ったんです。でも、僕、それでよかったって今は思えるんですね」

きたやま「だから、そういう幸せですよね。皆さん、多くの悩んでおられる方が、この列車に乗り遅れたら、もう二度と列車はやってこないと思ってる。だから、必死になって、この列車に乗ろうとして、あれだけ満員の列車になっちゃうわけでしょう。でも、大抵1時間ずらしたらまた来るんだよ、電車。これ知らない、みんな。知らないんだよね。1年たったらまた同じ春が巡ってくるの。でもね、今のこの目の前の電車に乗り遅れたら最後、もう人生全部乗り遅れてることになるというふうに思いがちですよね。

だから、電車は何度も待ってるとまた来るというのを信じることができたらば、待てます。待てます。それで、来ます。

1960年代の青春は、それが確実にあった。だから、ドロップインしてドロップアウトと言っていたんですけど、この頃の若い人たちはやめられない。降りれない」

伊集院「降りれないですよ。だから、芸能人が不倫会見一発で終わるじゃないですか。次の電車が来ないわけですよ。この会社やめたら、次の電車来ないっていう例を見ちゃうから、そうすると、やっぱり怖くてしょうがないし。

もっと言うと、僕なんかはえらい後ろ向きの考え方だから、次の電車が来て、そこそこ乗り心地がよくても、前の電車に乗ってたら、もっといいことがあったんじゃないかっていうことで、この電車は楽しめなかったりするんですよ。何ですかね、これは」

きたやま「悩ましいね」

伊集院「ゲストを迎えているというよりも、カウンセリングを受けている感じになってきちゃうんだけど」

きたやま「もうちょっとそれは別室で個人的にお話を伺わないと」

伊集院(笑)

きたやま「それはすごく大事なこと。これは一般論として話をしているだけであって、個別の方はまた特殊な事情がありますよ。今日は列車の話をしたけど、それは、ひょっとしたら別の話、会社の話かもしれないよね。だから、それは、ちょっと個人的にお目にかかってお話を伺いたいと思いますが」

伊集院「でも、表現がとても助けられるところは、逆に僕、普通に精神科の扉をノックするのは勇気が要ってできないんだと思うんです。だけど、ラジオだと喋れるっていう、普通の人とちょっと逆なところがあったりとかしておもしろいんですけど」

 

伊集院「自分の若い頃書いた歌詞を見て感じること。今、71歳から見て感じることって何ですか?」

きたやま「僕はね、今、一番感じるのは、一時期、やっぱり恥ずかしかったですよね。若いなあというのを見て。だって、青空が好きで、花びらが好きで、いつでも笑顔の素敵な人なら、誰でも一緒に歩いていこうよ、とかって『戦争を知らない子どもたち』で歌うわけだ。

当時、フラワーチルドレンというのがあって、「花」というのは「平和」ということを意味してたのね。でも、今、もう一遍そういうことを考えて、その歌をみると、やっぱり今でも変わらないんだよ。ただ「花」とは言わないだけだよね。今は「平和」と言ったり、今は、心が安寧というか、落ち着いてのんびりできることを「花」と言っていたんだなと思って読めば、ああ、僕はあまり変わらない。考え方は。

やっぱり苦労するよりも楽するほうがいいし、楽しいことも大事で苦しみがあるんだっていう、その人生観、両方だっていう。

「どちらか」と考える人がいる。英語で言うと“either or”という、どちらか選べ。でもね、僕ね、“both”、両方同時にあると思うんだよ、いつも。裏もあれば表もある。いいこともあれば悪いこともある。

だから、みんな悩み過ぎてるのは、この道、どっちかというふうに思うからでしょう。両方行けばいいじゃない。自分が人生を送ってみて、それは、大したできなかったけど、二兎を追うもの三兎でも四兎でもつかまえればいいと思うんだよ。だめかもしれないけど」

きたやま「一個だけ確実なことは、人生は1回だよ。命は一個しかない。これだけは確実ですね。一つしかないんだよね。これ、いろいろな意味で使っていこうよという提案だったなあ」

 

伊集院「古くなることで、1機種型落ちって、すごいボロい気がするじゃないですか。5年前のギャグ、まあ、つまんないんですよ。だけど、それってえらく長くかかると、いろんなもの削ぎ落とされて、ちょっと、あれ?もともと発した意味と違ったり、逆に言うと、芯のとこで全く一緒だったりとかしておもしろいと思ったのは、今回、ゲストをお迎えするのに、新しいアルバムの、2013年のアルバムの『若い加藤和彦のように』という曲を聴いて、すごい僕思ったことなんですけど、これ、加藤和彦って知らない人にも響くっていう。一緒に20代の若手芸人、加藤和彦わからないんですよ。申しわけないことに。なのに、匿名の人としてかっこいいんです」

きたやま「ああ」

伊集院「某加藤としてかっこよくて。「じゃ、加藤和彦ってどんな人だと思う?」って聞いたら、「たぶん革命戦士みたいな人だと思う」って。そいつ、アニメが好きだから。「立ち上がって、真ん中で、おそらく明るくて」。そいつの言い方ですよ。全然答えを言わないまま。「明るくて、腕力は強くはないんだけど、それでも先頭を切って行く人だと思う」って。すごくないですか?なんか。だって加藤和彦を知らないんですよ。全く。こういうことって、とても不思議で美しいことだと僕は思う」

きたやま「なるほど。僕はリアルな加藤和彦っていうのを知ってますからね。だから、ちょっと今そういうふうに言われると、いや、こんな弱い面があった。腰砕けで、野球場に連れてったら、「後ろから見られてることが嫌だ」なんて言ってた奴なんです」

伊集院「そうなんですか?(笑)」

きたやま「そうですよ。で、ペットロスに悩んでましたね。そして、新しい作品が生まれないということに悩んだりね。そういう形の人ですよ。戦っているイメージは実はないんですよね。でも、本人としては戦ってましたね。私にとっては、「お前逃げてるじゃないか」と言いたかったけど、戦ってたね。でも、そう言われたら。外から見ると「革命戦士」。うん、なるほどなあ。

というのは、同じ曲を同じアレンジやるのが嫌いだったんです。だから、『帰って来たヨッパライ』をボサノバでやったりね。そんなもの誰も望んでないよ。『帰って来たヨッパライ』をボサノバでやってどうするんだよ。でも、それやったりして楽しんでました。だから、そういうところがあるんで。僕に言わせれば、同じ曲を、同じアレンジで、同じふうに歌ってほしいわけだよ。多くのファンは」

伊集院「まあ、そうですね」

きたやま「それをやらないんだよね」

伊集院「でも、それでクヨクヨするんですか」

きたやま「だから、「新しいものが評価されない」って言うのね。そんなものは、だんだん年老いてくるわけだよ、ファンは。でも、それに応えることに意味を感じない。だから、むしろ新しいお客さん、新しい曲で、新しいやり方でっていうことをずっと考え続けた人です。だから、それは“戦い”ですよね」

伊集院「そうですね。それもまた感心するのは、きたやまさんが「その考え方違うんだよ!」って突っぱねじゃないですか。もう一回フィードバックしてみると、そうでもあると、今、おっしゃるじゃないですか」

きたやま「まあ、だから、それもあってもいいと思う」

伊集院「それが凄いと思う。俺、その若い奴、とんちんかんに聴いてんなっていう話で切り捨てる先輩方のほうが多いと思うんですけど、それをもう一回フィードバックなさるじゃないですか。それはそれで、そういう面があったかもって、凄いなと思うんですよね」

きたやま「まあまあ、でも、そういうふうに申し上げているのは、さっき言ったように、あれかこれかじゃないんだよ。両方あるんだよ」

伊集院「強くて弱い」

きたやま「そうだよ。みんなヒラリーに入れるって言いながらトランプに入れるんだよ。だから、そういう奴らは結構いるんだよ。両方であるくせに片方しか言わない。でもね、現実はやっぱり両方なんだよ。あれもこれもなんだよ。あれとかこれとかあるんだよ。いろいろ」

伊集院「うわあ」

きたやま「やっぱりそれは自分の考え方がわかられないとか、お前の言っていること、わけわかんないとかって言われている人たちを相手にしてるわけでしょう、僕らは。そういう方々のことを考えると、そういう考え方もあっていいんだって言ってもらえないと」

伊集院「だから、健全なのは、1票入れたのはこっちだけど、だけど、この人の言ってることのここは違ってるし、しっくりこないし、逆側の一番嫌いな奴だけど、この部分に関しては合ってる、みたいな、そういうことですよね、おそらく」

きたやま「おっしゃるとおりです」

 

伊集院「CMの間も『コブのない駱駝』という歌が、最初聴いた時に、コブのない駱駝は楽だからいいな、みたいな、ダジャレか?と思ったんですけど、聴くと、沁みますよね」

きたやま「沁みますか? 僕、あのタイトルで伝記を書いたことがあるんですよ。今から2年前に『コブのない駱駝』という伝記が出ているんですけど、これのタイトルにしたぐらい、あれが僕の代表作というか、僕の人生です」

伊集院「何歳ぐらいの時に作られている曲ですか?」

きたやま「23歳か24歳だと思いますけど、自分てコブのない駱駝みたいで、みんなは「駱駝だったらコブがあるだろう」とかってみんなに言われるんだけど、実はコブがない駱駝もいるんだって。それはあなたの思い込みだって。駱駝がコブとあると思い込んでいるのは。だってコブのないほうが楽だよ、みたいな。なんやそれ?みたいな。これ好きなんですよ(笑)」

伊集院「しかも、奴、コンプレックスに思っているし、周りの奴はどう思っているかわかんないけど、楽だろうって言ってるのを、おそらくコンプレックスある人間はバカにされていると思うかもしれないけど、あの歌で「馬なんだぜ」って言ってくれるじゃないですか」

きたやま「本当は馬なんだよとか、馬なんだからコブがなくたっていいじゃないか。馬だったらいいだろう、みたいな対話になっていく歌なんですけど」

伊集院「すっごい哲学的」

きたやま「でも、それは、人っていうのは、男か女かどっちなんだってはっきりしろって迫ってくるのよ。社会というのは。大人か子供かはっきりしろって。でも、本当はみんな子供でありながら大人だったり、男でありながら女みたいな要素を持ってるんだよ。これを切り取って、削って出しちゃいけないと思ってるから苦しくなる。まあ、そういうようなことが僕が若い時にずっとあったんだよね、きっと。それでああいう歌になりました」

 

(エンディング)

伊集院「『コブのない駱駝』の歌がとてもよくて、アラビアに“コブのない駱駝”と“鼻の短い象”と“立って歩く豚”がいました。コブのない駱駝は、自分がどんなに醜いとコンプレックスで、周りの人間は「コブのない駱駝は楽だ」って言うと。でも、神様が「お前は馬だ」ってある日言う、みたいな話で。

最後、「“立って歩く豚”っていうのは人だよ」って言われる歌なんだけど、それがまた、わりとおもしろ調子なんだよね。わりと、すごい架空のアラビアっぽい感じの軽い歌なんだよね。だからこそちょっと響いたりとか。

あと、途中も出てきた『若い加藤和彦のように』っていう歌もまたいいんで、よかったら機会あったら聴いてみてください」

 

戦争を知らない子供たち

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白い色は恋人の色

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さらば恋人

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あの素晴らしい愛をもう一度

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帰って来たヨッパライ

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帰って来たヨッパライ(ボサノバ調)

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コブのない駱駝

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若い加藤和彦のように

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イムジン河

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悲しくてやりきれない

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