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「どうかひとつ長~~い目で見てください」①

伊集院光とらじおと 2016年10月27日

 

ゲストは、今年、芸能生活50周年を迎えた日本を代表する喜劇人、小松政夫さん。

伊集院「僕にとっては“小松の親分”さんこと小松政夫さん、よろしくお願いします」

小松政夫「はい。また、また、また、またお会いしました。怖いですね、怖いですねぇ。私ねぇ、ハラハラしてます。ドキドキしてます。まあ、皆さんとお会いするの久しぶりですねぇ。私、どうしましょう。まあ、スリルです。サスペンスです。ドキドキします。ハラハラします。最後までごゆっくりお聞きください。さよなら、さよなら、……あ、帰っちゃった」(笑)

伊集院「淀川長治さんのモノマネもそうだ!」

 

伊集院「僕、昭和42年生まれだから、ドンピシャ世代で、土曜日、学校から帰ると、『笑って笑って60分』とか、夜は『みごろ!たべごろ!笑いごろ』とか、ダイレクトの世代ですから」

小松「そうでしたか。42年というのは、付き人を卒業する年ですかね」

柴田「私、『シャボン玉ホリデー』から見てたあれですよ。年代的には」

 

伊集院「小松さんがこの世界へ入った頃、すげぇなこの人って誰ですか?」

小松「僕が憧れた人はですね、憧れたというよりも、「私、一座を立ち上げるから、お前を俺の副座長として迎えたいから」と言われたのが東MAXの親父の東八郎さんです」

伊集院・柴田「はあー」

小松「私は、とんでもないと。東八郎という方は、浅草育ちの浅草のバリバリであって、仲間や先輩や後輩、いっぱいいらっしゃる中で、なぜ私がそんなところへ選ばれる。みんなに恨まれますから、それはひとつお許しくださいと言ったんだけど、この方の、いわゆるアクト講座ということを言うんだけど、何かをやってツッコむんです。ツッコませたら、1時間ぐらい笑いっぱなし。転げるほど笑わせてくれる。それで、私、副座長に結果的には。

なんで私が?と言ったら、「泥臭い芝居は俺一人で結構だ。君の若さとスマートさを買いたい」ということを言われて、いやあ、そうですかと、だいぶ考えたんだけど、こんな素晴らしい人いないと思ってたから、ぜひお願いしますと言って入ったんですけどね。とにかくツッコミの天才でしたね」

伊集院「そうなんですか。僕はテレビで見てるから、今と違って、コメディアンの人たちってあまり裏を見せないじゃないですか。東八郎というのは、この人バカなんだなーと思って見てるわけですよ、こっち側は」

 

伊集院「僕は東京生まれ東京育ちで、ちょっとそこが傲慢なのかなと思う。ちょっとね、調子に乗ってるのかと思うのは、芸能界でものすごいスタイリッシュ、都会っぽい人って、実は東京の人ってそんなに多くないようなイメージなの。勝手に、小松さんのほうが、僕の思う福岡というイメージじゃなくて、すごく粋な東京のダンディな大人のイメージで」

柴田「そうそう。本当に。喜劇人というよりもスタンダップコメディ的な、タキシードが似合う方という感じがすごくするんですよね」

 

伊集院「スタイリッシュなところには、僕らのイメージの中で、あんなめちゃくちゃなギャグやってるんだけど、品があるっていうか」

柴田「そうそう。スマートなんですよね」

伊集院「人を押し退けて前へ出て目立ってやろう、みたいな感じじゃないっていうイメージ」

小松「そこは、付き人をたった4カ月しかたってない時に、いきなり抜擢されてレギュラーになっちまったんですよ。生は半分、30分のうちの15分だけ録画できるという、そんな時代だから。そんなことで大変な時代に、私はレギュラーにさせてもらったんだけど。

それが、あたしは九州男児だと思ってるわけだ。それが、なんといきなりオネエから始まってるんだね。オネエの元祖みたいなもん」

伊集院「へえー」

小松「おすぎとピーコより私のほうが古いから」

伊集院「そうなんだ」

柴田「そうだ、そうだ」

小松「それがもう嫌で嫌でしょうがなかったんだ。3年先までスケジュールがそういうので埋まってると。「どうして、どうしてなの?おせーて。もう嫌、もー嫌、こんな生活」」

柴田「そうだ、そうだ」(笑)

伊集院「もしかしたら、そういうものの中にある、ちょっと照れみたいなものや、もともとの気質みたいなものが相まって、俺らは、なんかこれ、ほかの人とちょっと違うって思ってたのかもしれない。ましてや、ブイ(VTR)の調整で生をやらなきゃならないから、勝手な行動はできないわけじゃないですか。そこで育ってるっていうのはあるかもしれないですね」

小松「『シャボン玉ホリデー』のそれを、よし、やらせようと思った秋元近史というプロデューサー兼ディレクターが、これは“飽くなきマンネリ”という言葉が好きでね、徹底的にやるという人なの。必ずそれが入ってくるという」

伊集院「でも、“飽くなきマンネリ”は、ちょっといい言葉ですね。マンネリなことにこっちが照れ始めると、途端に笑えないじゃないですか」

小松「そういうことですね。だから、同じことをやるんでも、シチュエーションがどんどん変わるわけだから、それはいいんですよ。ところが、みんなやること、今度は、『シャボン玉』の中で、「知らない、知らない」というのが一番最初だとすると、ハナ(肇)さんが座長で、旅回りの一座の役者の話があって、いつも女形になってるんだよ。それがね(笑)、一度本当に「あたくし、やめさせていただきます」って言って、頭をこう下げたらね、セットが傾いてズーッと滑っちゃってね、カメラの前まで滑っていっちゃったのよ。それが面白いってんでね、「あたくし、やめさせていただきます」っていうのがあったりしてね。ずうっとそれですよ(笑)」

伊集院「聞いててとても参考になるとか、興味深いのは、マンネリを照れずに、飽きず、飽きさせないでマンネリをやるじゃないですか。やった結果、今みたいなアクシデントが起きるじゃないですか。それがウケたんなら、じゃ、今度これを重ねてやろうってなったりとかする、その、マンネリとナマ感みたいなのが両方相まった世界は、えもいわれぬ面白さみたいな」

柴田「貪欲なんですよね、どこまでも」

 

伊集院「ほかにいます?この人凄かった話」

小松「あと、凄かったのは、てんぷくトリオ三波伸介さん。この人なんかは、寝ないで毎日、毎日面白いことを考えてるような人だった。生活が完全に毎日徹夜して来るというようなあれですからね」

伊集院「面白いために。面白くするために」

柴田「へえ、すごいなぁ」

伊集院「てんぷくトリオの話が出ちゃうと、伊東四朗さん」

小松「伊東さんは天才でしょうね。やっぱりね。私は伊東さんといた時に、私の師匠が植木等ですから、タカヒラさんがインタビューした時に、「今、一番面白いコメディアンはどんな人を挙げますか」と植木に聞いたらしいんですね。そうしたら「私の弟子筋になるからちょっと言いにくいけど、伊東四朗小松政夫のコンビは秀逸だね」って言ったって」

柴田「うわぁすごい!」

小松「この話を後から本人から聞いた時は、本当にハラハラと涙が出るほど」